一目見た瞬間、その人物が持つ気迫にぞくりとした。 なるほど、評判どおりの美丈夫であるが、その美貌に繊弱さは微塵も無い。 長い髪は秋霜のごとく輝き、瞳は烈日のごとく生気に煌いている。 騎馬を得意とする人物にしては色が白く、寒さに赤らんでいる顔はいっそ少年のように若い。 針を含んだように鋭い瞳が、劉虞を一瞥した。 「公孫伯珪じゃ」 肩書きも何もなく、短く一言。 その異様な名乗りに、相手の意図を見た思いがした。 すなわち、この会議の結果いかんによって、初めて、劉虞が州牧の称号を帯びるか否かを決めてやろうというのだ。 「盧公から、貴公のお話を伺った」 「先生が、な…」 旧師の名を聞くと、公孫瓚は自嘲気味に笑った。 「俺のことを快く思ってはおられんだろう。董仲穎の推挙を受けたからな」 「いや、貴公が兵乱の最中におられると知って、御身を案じておられた」 「ふ、ん……であれば良いが…」 皮肉っぽい物言いは、盧植がいまや袁氏の軍門に迎えられているためか。 ――いずれ敵味方に分かれるだろう間柄で、身を慮るも詮無いこと。 戦場に生きる公孫瓚には、そう思えるのだろう。 教え子の身を案じる師の言葉を、冷徹に割り切って受け取るあたり、公孫瓚という人物が峻厳な思考の持ち主であると、劉虞には思えた。 「さて、本題に入ろうか」 はっと顔を上げた劉虞に、公孫瓚は鋭い一瞥をくれた。 「徒な修辞など無用じゃ。ただ、あなたが何を要求するのか、直截に申されればよい」 意図しているのではなかろうが、彼の物言いは一つ一つが挑発的だった。 こちらをあらかじめ敵視しているが故に、言葉の端々に棘が出てしまうのだろう。 これでは、まとまる交渉もまとまらないはずだ。 (ならば、こちらも遠慮して引き下がるべきではない) 主張すべきところを主張せねば、相手の思うように呑み込まれてしまいかねない。 「私を、幽州の州牧としてお認め頂きたい。これは朝廷ひいては帝の御意向、私ひとりで拒否できることではなく、その進退を気侭にはできない」 出処進退を自ら決められないのは公孫瓚も同じであると、意識させなければならない。 言下に、このままでは引き下がらぬと、決意を含ませた。 だが、劉虞の言動は率直にすぎた。彼の交渉の経験は、あくまで彼を明確に敵視していない勢力に対してのものだ。 しかし、公孫瓚は違う。彼にとり、劉虞は最初から敵に等しい。 「ふざけるな」 鋭い語気が劉虞の声を抑えつけた。 「俺は俺自身の力で、この地位を勝ち取ってきたのじゃ。それを今更、譲れだと…?話にならぬ」 今にも席を蹴り立ちかねない険悪さに、劉虞は最悪の事態を懸念した。 やっと会談へ漕ぎ着けたというのに、ここで決裂してしまっては意味がない。 この日のために、できるだけの譲歩はしてきたつもりだった。朝廷へ仲介を要請し、公孫瓚を説き伏せられるだけの地位を提供するよう説得した。 一方で、信服している異民族に対しては、できるかぎり公孫瓚を刺激せぬように説き伏せた。あと少しで、乱れた辺境にも治安が訪れるはずなのだ。 それを、自分の態度一つでふいにすることなど、決して許されない。 |