ふと、司馬炎が振り返った。 「済んだぞ」 素の寝衣に、斜めに返り血が迸っている。 それを見たとき、孫晧の背筋にぞくりとしたものが奔った。 帳の中にすら漂う、濃い血の匂い。 我知らず細められた眼差しと、司馬炎の目が、合った。 汚れた夜着を脱ぎ捨て、帳を割り開く。 「元宗……」 痩身をあらためて引き倒しながら、熱っぽく呼ぶ名は、称号ではなく、孫晧自身のもの。 「抱かせよ…血が収まらぬわ…」 灯火にも濡れ濡れと輝く黒髪の向こうで、情欲の火が熾る。 「あなたの…意のままに……安世…」 息を喘がせて呟いた言葉が終わらぬうちに、激しい接吻が唇を貪った。 黒い帳に覆われた視界の中、孫晧は夢中で腕を伸ばした。 それは確かに受け止められ、縋らせてくれる。 同時に、背骨を貫くような衝撃と熱さが襲った。 ふさがれた唇の奥で悲鳴が上がる。 これは己が快楽のための交合、血を静める欲求。 「わかるか、元宗…血の…匂いが、しておる…」 「…っは…わかる…知って、いる…」 異常な快楽に溺れる、二人の天子は血の匂いに包まれている。 それが彼らの―彼らの王朝の結末だと。 そのとき誰が知り得ただろうか。 了 |