書架

□天稟の子
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ふと、司馬炎が振り返った。
「済んだぞ」
素の寝衣に、斜めに返り血が迸っている。
それを見たとき、孫晧の背筋にぞくりとしたものが奔った。
帳の中にすら漂う、濃い血の匂い。
我知らず細められた眼差しと、司馬炎の目が、合った。
汚れた夜着を脱ぎ捨て、帳を割り開く。
「元宗……」
痩身をあらためて引き倒しながら、熱っぽく呼ぶ名は、称号ではなく、孫晧自身のもの。
「抱かせよ…血が収まらぬわ…」
灯火にも濡れ濡れと輝く黒髪の向こうで、情欲の火が熾る。
「あなたの…意のままに……安世…」
息を喘がせて呟いた言葉が終わらぬうちに、激しい接吻が唇を貪った。
黒い帳に覆われた視界の中、孫晧は夢中で腕を伸ばした。
それは確かに受け止められ、縋らせてくれる。
同時に、背骨を貫くような衝撃と熱さが襲った。
ふさがれた唇の奥で悲鳴が上がる。
これは己が快楽のための交合、血を静める欲求。
「わかるか、元宗…血の…匂いが、しておる…」
「…っは…わかる…知って、いる…」
異常な快楽に溺れる、二人の天子は血の匂いに包まれている。
それが彼らの―彼らの王朝の結末だと。
そのとき誰が知り得ただろうか。



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