書架

□玉牀
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「元仲さん」
 眩みかけた視界が、意識を取り戻す。
 微睡みから引き戻された気分だった。
 彩りの乱れた裾や佩玉の絡みつく素足が、他人ごとのように視界の端に映った。
「やめて…、しまうのですか……」
 寂しい。物足りないというのではなく、触れる肌が離れてしまうのが嫌だ。
 心許なげな表情が愛らしい、と曹植は微笑む。慎ましくはだけた白い肩ごと、華奢な体を抱きしめてやった。
「元仲さんは、誰が欲しい?」
 恭しく人差し指を噛みながら、問いかける。
「兄さん…嫂様……それとも、私…?」
「それは……」
 選べるはずのない答え。
 曹植も、答えを期待してはいないらしい。
「私は、兄さんも、嫂様も、元仲さんも欲しい」
 けれどね、と唇に触れる指が冷たい。
「こうやって触れることができるのは、元仲さんだけだ…」
「あ……」
「私は、ね……兄さんも嫂様も欲しかった…」

 初めは手にできた。
 本質が同じ兄と、美しき陰をまとう義姉。
 その二つを望んでいた自分。
 初めは両方を手にしていたのだ。

「でも、いつか、どちらかを選ばなければならなくなって――兄さんは、私を選んだよ」

 兄は両方を愛していた。
 二人を手にしていたかった。
 それでも、手に入れたのは、ついに一人きり。

「今だけで、いいよ」
「いま…?」
「今だけ欲しがってくれるだけで――それでいいから」
 溺れるのは愉しいけれど、切ない。
「ね、…解るでしょう?」
 心を込めた淋しいささやきが、耳朶を甘噛みする。
 曹叡は、それで理解した。
「…人は、欲深いもの、ですから…」
 愛されることを知ると、次はもっと欲しくなる。
 誰でもいいのではなくて、自分そのものを愛してくれる人が。
「ですが、…子建様」
「ん…?」
「今だけでも、あなたに求められたなら……私は嬉しい…」
「そう…」
「これも秘密にしましょうか」
「秘密?」
「そう。私も、あなたも、欲しい人には絶対の秘密です」
 そうして、誰もこの“遊び”を知らなければいい。
 たった今、この時にだけ、狂おしいほど求める――その情動は二人以外には理解できないだろう。
 優しくて不穏な、微かな秘密だ。
「それも、愉しいかも」
 曹植は静かに、曹叡の手に口づけた。
 互いの佩玉が錚れて、しのびやかな音を奏でる。
 二人の咲い声のようだった。





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Digital Daggers - Feel Like Falling





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