「元仲さん」 眩みかけた視界が、意識を取り戻す。 微睡みから引き戻された気分だった。 彩りの乱れた裾や佩玉の絡みつく素足が、他人ごとのように視界の端に映った。 「やめて…、しまうのですか……」 寂しい。物足りないというのではなく、触れる肌が離れてしまうのが嫌だ。 心許なげな表情が愛らしい、と曹植は微笑む。慎ましくはだけた白い肩ごと、華奢な体を抱きしめてやった。 「元仲さんは、誰が欲しい?」 恭しく人差し指を噛みながら、問いかける。 「兄さん…嫂様……それとも、私…?」 「それは……」 選べるはずのない答え。 曹植も、答えを期待してはいないらしい。 「私は、兄さんも、嫂様も、元仲さんも欲しい」 けれどね、と唇に触れる指が冷たい。 「こうやって触れることができるのは、元仲さんだけだ…」 「あ……」 「私は、ね……兄さんも嫂様も欲しかった…」 初めは手にできた。 本質が同じ兄と、美しき陰をまとう義姉。 その二つを望んでいた自分。 初めは両方を手にしていたのだ。 「でも、いつか、どちらかを選ばなければならなくなって――兄さんは、私を選んだよ」 兄は両方を愛していた。 二人を手にしていたかった。 それでも、手に入れたのは、ついに一人きり。 「今だけで、いいよ」 「いま…?」 「今だけ欲しがってくれるだけで――それでいいから」 溺れるのは愉しいけれど、切ない。 「ね、…解るでしょう?」 心を込めた淋しいささやきが、耳朶を甘噛みする。 曹叡は、それで理解した。 「…人は、欲深いもの、ですから…」 愛されることを知ると、次はもっと欲しくなる。 誰でもいいのではなくて、自分そのものを愛してくれる人が。 「ですが、…子建様」 「ん…?」 「今だけでも、あなたに求められたなら……私は嬉しい…」 「そう…」 「これも秘密にしましょうか」 「秘密?」 「そう。私も、あなたも、欲しい人には絶対の秘密です」 そうして、誰もこの“遊び”を知らなければいい。 たった今、この時にだけ、狂おしいほど求める――その情動は二人以外には理解できないだろう。 優しくて不穏な、微かな秘密だ。 「それも、愉しいかも」 曹植は静かに、曹叡の手に口づけた。 互いの佩玉が錚れて、しのびやかな音を奏でる。 二人の咲い声のようだった。 --------------------------- Digital Daggers - Feel Like Falling |