小説3

□スイート・ア・ラ・モード
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スイート・ア・ラ・モード 


「ちょっと火神君、まっ」
待ってくれ、と言い終わらないうちに火神君に口を塞がれた。ああもう、いきなりするのは心臓に悪いと何度言えばいいのだろう。
喰われてしまうのではないかというくらい大きな口を開けた彼が迫ってくるシーンは、些かホラーと言っても過言ではない。ぱっくりと開けた口に飲み込まれた言葉は音にならなかった。
しばらくしてとりあえずは満足したのか、火神君はぺろりとボクの唇を一舐めしてから離れていった。よしよしと髪を撫でてやると、抱き締めて肩に頭を預けてきた。彼のこういうところは、どこか幼くて可愛らしい。
「今日は甘えたさんですか?」
「ん」
「一言くらい言って欲しいです」
「……んー」
なんとも曖昧な返事に苦笑しながらも、それでも火神君の甘えたいという気持ちには応えてあげたい。いつもいつも、この人に支えてもらってばかりだから。
しかし珍しいこともあるものだと思う。こういった行動をとるのは彼も人間なのだからありえないことではないのだろうが、それを考えてもあまり見せない表情であることは確かだ。
恋人という関係になってからというもの、無意識にスキンシップの多い彼は、こういうときはただひたすら触れ合いたいらしい。
「気の済むまでどうぞ」
「……ん、サンキュ」
顔の見えない姿勢だけれども、いつもよりゆるんだ声に愛おしさがこみ上げてくる。
抱き締められたところからじんわりと伝わってくる熱が心地よくて、火神君の背中に腕を回した。預けられた重みさえも安堵感を助長する。
「くろこー」
「はい」
「あー……」
 意味のない言葉を発しながら、ボクの髪に指を絡めながら、至極幸せだ、とでも言うように名前を呼ばれるなんて経験を今までしたことがないのでやたら気恥ずかしくなってしまう。
「笑わないのかよ」
「っ、なにがですか?」
「男なのに、って」
抱き締められたままいきなり問いかけられて戸惑ったが、そうですね、と一拍置いて答える。
「ボクは君のこういうところが見られて嬉しいですけど」
「……オマエほんとそういうことよくさらっと言えるよな」
「火神君に言われたくないですけどね」
「オマエには負けるわ」
「お互い様でしょう」
「そうかよ……」
口をとがらせているだろう彼の声色に思わず笑みがこぼれる。
「何笑ってんだよ」
「笑ってないですよ」
「明らかに笑ってんだろ! オマエのそういうところもうわかるんだからな!」
「はいはいなんとでもどうぞ」
「このやろ……」
 ぐしゃぐしゃと照れ隠しのように髪をかき乱された。痛い。でもそんな態度の火神君がまた可愛いから許そう。




「君の可愛いところ、また一つ見つけました」
 ひとしきり戯れたあと、満足したのか火神君は寝てしまった。ベッドサイドに腰かけて、あどけない寝顔を見ながら思わず呟く。
 彼のこんなところを知っているのはきっとボクだけだろう、と思うと口元がゆるんでしまう。君に出会ってから、ボクはすっかり丸くなってしまった気がする。
「君の色々なところ、もっと見せてくださいね」
 涎を垂らしそうなほど熟睡中の彼に微笑んで、ボクも寝ることにした。






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