小説3

□20130131
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『誕生日、一番に祝いたいからオレんとこ来ねぇ?』

そう言われたのが今日の部活後。
断る理由もなく二つ返事で了解した。
ほのかに暗くなり始めた空の下を、マフラーを鼻のあたりまで引き上げて歩いてゆく。
寒いけれど、じんわりと胸のあたりがあたたかくなっていくのが自分でもわかった。

まっすぐに、祝いたいからと言った彼は少し気恥ずかしそうではあったけれど、それが余計に可愛く見えて、余計に嬉しくなってしまった。
彼の家のインターホンを長めに押すと、ドアの向こうから鍵開いてる、との返事が聞こえた。

「お邪魔します」
「おー、いらっしゃい」

わりぃ今手離せねーんだ、という声がキッチンから響く。

「……これはまた」
「もうちょいだから待ってろな」

そう言って彼はニカッと笑いこちらに視線を向ける。
目の前のテーブルには自分のために用意されたのであろう、数々の料理が並んでいた。

「こんなに食べられますかね…」

思わずそんな呟きが漏れる。

「黒子ー、わり、皿持ってって」
「はい」

中皿を二枚、彼のと自分のと。他にはと思って見渡していると、頭をくしゃりと撫でられた。

「サンキュー、これで終わり」
「頑張りましたねぇ」
「……まあ、調子乗ってちょっと作りすぎたかなとは思う」
「嬉しいですよ、ありがとうございます」
「……おう。ちょっとしたバイキング形式にしてみた。好きなの食え」
「君の料理はなんでも美味しいですから迷いますね…今だけはこの少食が憎いです」

向かい合って、手を合わせる。このあたりきちんとしている彼はきっと育ちが良いのだろう。そんなことを頭の隅で思いながら。

「火神君は本当にいいお嫁さんになりますねぇ、美味しいです」
「そっか?これ作ったの久々だったんだけどそう言ってもらえっと嬉しいな」

嫁は勘弁だけど、と苦笑いをしながら彼は箸を進める。
その早いこと早いこと。見慣れた光景ではあったが、盛られた料理はそう時間もかからずにすっかり綺麗になくなった。

「いっぱい食ったかー?」
「欲張って食べたら…めっちゃ苦しいです……」
「そりゃ、お前にしちゃ結構食ったな」
「美味しかったですし、こんなに作ってくれたのでボクなりに頑張りましたよ」

そんな会話をしながら、彼は皿をさっさと洗ってゆく。手慣れたものだ。

「お前先風呂入れよ、こっちいいから」
「……では、お言葉に甘えまして。先に入ります」
「どーぞどーぞ」

促されてリビングをあとにする。
いつものことではあるものの、今日は殊更甘やかしてもらっているような気がしてくすぐったい。
湯船に浸かると部活の疲れが遅れてやってきてすこし眠くなってしまった。

しあわせだ。

このまま寝てしまいたい気持ちを我慢して、風呂から出る。
長めの風呂で頭がぼんやりとしていた。

「出ましたよ」
「おー、髪ちゃんと拭けよ」

リビングに戻ると、雑誌を読んでいた彼にすれ違いざまわしゃわしゃと頭を軽くタオルで拭かれて、オレも入ろうと言ってリビングを出て行った。
ソファに座って言われた通り髪を拭く。
乱暴そうに見えて、彼の手は優しかった。誰かに髪を拭いてもらうなどそれまであまりなかったが、彼によってその行動は日常化してしまった。
ああ、また甘えてしまう。

「……」

ひとつ、言葉にならなかった気持ちを吐いた。
ごろんと横になって、目を閉じる。心地よい疲労感、先ほどの眠気がまたやってきた。






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