08/08の日記

23:49
2week/8
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気が付くと、俺は領主の手を掴み取っていた。

領主の喫驚した瞳がかち合う。

止せば良いと、俺は思う。
無難に、事を荒立てなければ、問題には発展しない。
なのに、どうしてか。
変わらなければならないと、相反する感情が刹那にして生まれた。
真選組が、近藤さんが危機に瀕している訳ではない。
俺が、俺一人が我慢すれば済むことだ。
だが自分自身も大切にしろ、と、誰かに後ろから押されているようで、俺は思わず息を飲み込んだ。

男の腕を掴む手に、ギリリと力がこもっていく。
領主は痛みを感じたのか、眉を顰めるなり「離したまえ」と、振り払おうとした。
それを許さず、俺は身動きが取れないように捻りあげる。
異変に気付いた近藤さんが、慌てて仲介に入ろうと席を立っているのが見えた。
前回、行為に目を瞑っただけあり、男は俺が抵抗はしないと高を括っていたのだろう。
ただ、不審げな視線が寄越される。

俺はゆっくりと一度だけ息を吐き、それから真っ直ぐに男を見据えた。

「男にセクハラしても立派な犯罪ですよ」

感情に起伏を入れず、きっぱりとした口調で宣告する。
それには、領主どころか近藤さんやとっつぁん、参集した他の旗本達が目を丸くさせた。
今までは、立場上もあるが、自分のプライドからもこの手の厄介事は黙殺していた。
周囲に『痴漢をされた男』と言う目で見られる情けなさ。
不愉快ではあるが、別に死ぬわけでもないと。
全てを丸く収めてきた。

「トシィ…そいつァ本当か」

ざわざわと喧騒に包まれる中、とっつぁんが顎をしゃくって普段と変わらず居丈高に尋ねる。
けれども、質問を投げておいて答えは必要ないようで、俺が返事をする前にとっつぁんは領主に言葉で詰め寄った。

「オイオイ、うちのトシは男だぜ。いくら溜まってるからって、セクハラはちょーいと不味いんじゃねェの」
「し、失敬な…!」

好奇な目。
ヒソヒソと耳打ちする声。
どれもが耐え難い屈辱ではあるが、何故だか肩の荷が降りたように心が軽くなった。
とっつぁんが上手く取り合ってくれているお陰で、俺はこれ以上関与する必要はなさそうだ。
気を遣って近藤さんが俺の肩をポンと叩く。

「身勝手ながら中座する無礼をお許し頂きたい」

近藤さんは次いで深々と低頭し、一同に謝辞を残して俺の背中を押して退出を促した。
部屋を出る間際、男に触られていた舞妓が緩やかな仕草で会釈をしていた。

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