スモエー部屋2
□その花が咲く頃に
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できない、と顔を逸らすと叔父はまた笑った。
「お前と出会ったことを、無かったことにはできない。」
突然自分の話になったことに驚いて隣を向くと、優しい瞳は空を見ていた。
「それと同じだ。」
そう言いながら、叔父は空のグラスに酒を注いだ。
薬指のことは、もう気にならなかった。
大学最後の夏休み、オレは相変わらず叔父の家にいた。
就職が決まったことを告げるべきか悩んでいた。
大学を受けると言った時に言われた重い一言を思うと、なかなか言い出せずにいた。
勇気を振り絞り、やっとのことで「大手の銀行に決まった」と告げた時、やはり叔父は無表情のまま口を開いた。
「金は暮らしを豊かにはするが、人生の幸せとは何の関係も無い。」
おめでとうと言う言葉を期待していただけに、またもオレの心は重く地に墜ちた。
これから頑張ってこの世界で生きて行こうと思っていたし、経営をしている叔父の助けに少しでもなれるかもしれないと言う気持ちを踏みにじられた気分になった。
「忘れるな。」
人間は、他人の幸せ以外はすべて生まれながらに持っているんだ。
そう言う叔父の顔を真っ直ぐ見れなかった。
オレはまた重い気持ちで帰国した。
しかしすぐに忙しい新生活にのみ込まれ、叔父との連絡も途切れがちになった。
叔父は酒は教えてくれたが、煙草は教えてくれなかった。
高校の時に一度だけ教えて欲しいと頼んだことがあったが、「やめておけ」と言ってそれ以上何も言わなかった叔父。
しつこく食い下がることはしなかった。
思えば、あの時叔父はすでに知っていたのかもしれない。
自分の体内で起きている事を。
そして、その原因が煙草だと言うことにも。
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