スモエー部屋2

□その花が咲く頃に
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帰国後、オレは無事大学に合格した。


あれきり叔父には連絡をしていない。
むこうからも連絡は無かった。



合格した旨を叔父に言えないまま、夏休みがやって来た。



いきなり連絡ができるほどの度胸は生憎持ち合わせてはいなかった。





香りの違う夏をひとり悶々と過ごしていると、ある朝一通のメールが届いた。



“まだ部屋は空いているぞ”



たった一言の短い英文を見た瞬間、クローゼットへと走る自分がいた。



トランクひとつ手に家を飛び出したのは、メールが届いた2時間後。



次の日の昼には、煙草の香り漂う邸宅のソファでぐっすりと眠るオレがいた。




そしてまた、夏を共に過ごす生活が始まった。






大学に合格した旨を伝えると、叔父は良かったなと一言の祝いをくれた。



それだけで十分だった。



去年よりもずっと距離が縮まったような気がした。


それはたぶん、叔父もそう思っていたと思う。










叔父は毎年同じ日に白い花束を墓前に置いた。


相変わらず誰の墓なのかは聞かなかったし叔父も言わなかったが、いつの頃からかオレも白い花を添えるようになっていた。




たった一枝、庭から採ってきた白いクチナシの花を。



それを叔父は目を細めて見ていた。

感情を見せない叔父が喜ぶ姿を見ることは少なかったから、胸がどきんと鳴ったのを思い出す。



優しいのは知っていたが、優しい表情ができるとは知らなかったから。







帰国が近づいたある夜、叔父は自宅の空中庭園にオレを誘った。


酒を酌み交わしながら他愛ない会話をした。


グラスを持つ左手の薬指は未だに細かった。



なぜだかわからないけれど、その時オレはそのことに無性に腹が立った。


指輪を外しても尚残る跡が、永遠に途切れることの無い鎖に見えた。




無性に叔父が哀しく見えた。






「その指、どうにかならないの?」



口から出た声は、自分が思っていたよりずっとトゲがあったと思う。




「なぜだ。」



真っ直ぐ見つめた叔父の瞳に濁りは無かった。




「その指が、嫌い。」




まるで子供みたいに嫌い嫌いと繰り返した。

叔父はそれを黙って聞いていたが、グラスを空にすると少し笑った。




「これはオレの歴史だ。」





歴史を無かったことにしようなんて、誰にもできない。


そうだろう?と聞く叔父に、わからないと言ってうつむいた。




その瞬間、唇に何かが触れた。



驚いて見ると、叔父の薬指が差し出されていた。



「噛みちぎってみるか。」




その瞳は、どこまでも透き通っていた。







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