スモエー部屋2
□下弦の月が昇る頃
1ページ/2ページ
仕事終わり、冷たい風が吹く夜の街。
従業員通用門を抜けてすぐiPodを起動させ、ヘッドホンを耳に押し込んだ。
スタートボタンを押すと流れ出す朝の続き。
吐く息は白。
見上げれば黒。
昇りかけの月を見つめ、流れるメロディに神経を集中させた。
“君が好き”
そんな甘い歌詞が耳を通り抜ける。
“君が好き”
“君が好き”
何度も繰り返される歌詞に、昨夜耳元で囁かれた言葉を思い出し思わず笑みを噛み殺した。
あんな顔してあんな甘い言葉を紡ぐなんて。
(反則にも程があるって…。)
厳つい風貌、低い声。
硬い銀髪、鋭い瞳。
職場の人達から陰で“鬼”と呼ばれている事を知っているから、尚更笑いが込み上がる。
まさかベッドではあんなに甘いだなんて、誰も知らないだろう。
太い腕と厚い胸板に抱きしめられ、あの低い声で甘い言葉を囁かれる幸せ。
(オレ以外、誰にも知られる事がありませんように。)
そんな事を思い歩く夜の道。
今日もきっと、甘い言葉を囁いてくれるだろう。
“―――――。”
離れていても幸せな時間。
傍にいるなら、尚更幸せ。
空には半分の月。
負けない程の曲線を口元に浮かべ、愛する人が待つ家へと向かう帰路。
淡い光が、跳ねる黒髪を優しく照らした。
END