スモエー部屋2

□アイラブユー、ダーリン。
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そんなつもりじゃなかったんだ。

騙そうだなんて、1ミリたりとも思ってなかった。

本当に。



…ウソだけど。




「Σギャーハッハッハッハッ!!!」


大声で笑い転げ回るマンションの一室。
目の前には今まさに苦虫を噛み潰している最中のオッサンがひとり。


「おい…!お前

「Σヒィーヒィーもう頼むから喋らねぇでくれオレマジで死ぬ!!」


ダンダンと床を叩きネジ切れそうな腹を抑えなんとか空気を吸い込む。

何故こんな騒ぎになってるかって?
理由は目の前にいるオッサン。…の前に転がっているヘリウムガスのスプレー缶、か。正しくは。


来週友達の家で開かれるクリスマスパーティーに向けて、何か面白いモンは無いかと探し手に入れて来たヘリウムガス。
試したいと言う事もあり最初はひとりで吸ってキーキー声になる自分に爆笑していたのだが、3回もしたら案の定飽きてしまった。

そこにタイミング良く帰って来た愛想の無いオッサンがひとり。

これは面白い事になるぞと缶のデザインをタオルで隠し、“今流行りの疲れがとれる酸素だ”等とうまく丸め込み吸わせたのはいいが、たくさん吸った方が疲れがとれると言ったオレの説明が悪くオッサンは大量に吸い込んでしまった。


そしてスプレー先のストローから唇を離し、肩を回して少し考えた後に「…何も変わらん気がするが。」と呟いた言葉はいつもの渋い低音では無くどっかのパレードで踊っているなんちゃらダックの声まさにそのものだった。



「ヒー!もーダメだオレマジで死ぬ息ができん!!」


床に寝転がったまま死ぬ死ぬと何度も繰り返すオレを射殺すように睨み付けている瞳。
ハラワタが煮え繰り返っているのが見ただけで分かる。怒りオーラが半端無い。


「ハアハア…あー…!もう…!死ぬ…!」


汗だくになり全身で息をしながらやっと落ち着いた腹筋を抑える。
目の前には相変わらず怒りゲージ満タンの様子でこっちを睨み続けているオッサン。見る限りカメハメ波が余裕で打てそうだ。地球が壊れそうな気がする。


まあいいじゃんと乱れた髪をかきあげ、ペタンと床に座った。



「今更遅いけど、実はコレ酸素じゃないんだ。」

「………。」

「騙すつもりは無かったんだ。」

「………。」

「本当に、ごめん。」

「………。」

「怒ってる…?」

「………。」



上目遣いでごめんねと言っても未だ黙って睨み続けるオッサンの顔を見てもう一度ブーと吹き出す。


「Σブフーッ!ブワッハハハハハ!なんで引っかからねェんだよ!!つまんねーの!」


何か喋れよと言った途端に固い拳骨がゴチンと飛んで来た。


「Σいってェェェェ!!ι」


もう目がマジでキレているのが分かる。これは昔見た事がある目だ。いつだったか契約書と書いてある書類にミロをぶちまけた時の目と似ている気がする。あれはマジで悪気は無かった。いや、今回も悪気があったワケじゃない。魔がさしただけだ。


「………。」


怒り狂った表情のままドスドスと風呂場に向かう背中に、もしや何か喋るかもとちょこちょこついて行く。

しかしアヒル声のオッサンはドア前でくるりと振り返ると般若並の顔でオレを睨み付け、そのまま入りバタンと閉じてしまった。


「…ちぇー。」


自分の声がよっぽどショックだったのかそれともオレにキレているのかわからないが、ここまで怒るとは思わなかった。ウケる。


今しがた閉められたドアに背を預け、ぺたんと床に座り込む。
床暖房が効いた暖かいフローリングを足の裏に感じながら、さっきの声を思い出しもう一度プププと笑った。



(…でも、ちょっとやり過ぎたかな。)


少し笑い過ぎたかもしれないと思い、珍しく反省する。疲れて帰って来ただろうに、更に疲れさせてしまったかもしれない。

風呂から出て来たら、ちゃんと謝ろう。そして肩を揉んであげよう。

いつもいつもオレのイタズラやワガママに振り回され、でも最終的には絶対許してくれる愛すべき優しい彼氏を想いながら、ギュッと膝を抱えた。






「…あー。」



数分後風呂場から聞こえて来たアヒル声にまたもんどり打って爆笑したからか、次の日までスモーカーは口をきいてくれなかった。


本当に、悪気は無かったんだって。




…ウソだけど。





END
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