IF…
□志望動機
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『ここって、男バスのブースで合ってますよね?』
長机に“男子バスケ部”と書かれた張り紙があるブースへ向かうと、男女の上級生が座っていた
「ええ、そうよ?入部希望?」
『はい。マネージャーをしたくて…』
そう言うと、女子生徒は一枚の紙を机に置き、座るように促された
「まず、クラスと氏名、出身中学と志望動機を書いてちょうだい」
女子生徒が言うように、スラスラと書き進め、全てが書き終わると紙を女子生徒に戻した
「青峰遥輝、××中学出身。志望動機は将来のためにマネージャーをやりたい…ね」
一通り読み終えた女子生徒は紙を机の上に置くと、真っ直ぐな目でオレを見つめた
「ウソは書いてないかしら?」
『え?…はい』
「じゃあ、いくつか質問していい?」
『はい…』
なんだろう…
この人から目を離すことが出来ない
無理矢理見つさせられている気分だ
「なぜ選手じゃなくてマネージャー希望なの?」
『…』
「このバスケ界でアナタ達、青峰姉弟を知らない人はいないと思うわ」
『確かに弟は有名ですが、俺は…』
「そうね。アナタの弟、青峰大輝は10年に1人の逸材と呼ばれる“キセキの世代”の1人」
帝光中に進学した大輝はそこでバスケの能力が開花し、“キセキの世代”と呼ばれる程の実力者だ
「けど、アナタだって有名人よ。アナタの中学はお世辞でも強豪校とは言えないけど、アナタ自身は、その中学にいてはもったいない程の実力の持ち主よ」
『いえ、自分にはそんな力…現に地区大会でも勝ち上がることは出来ませんでしたから…』
「アナタのチームメイトを悪く言うワケではないけど、アナタ以外のチームメイトには実力が備わっていなかった。だから、勝ち上がれなかった。それだけの話よ。単刀直入に言うわ。アナタはここに来るべき人間じゃない。アナタが行くのは隣のブースよ」
女子生徒は、そう言って隣の女子バスケ部のブースを指差した
結局、この人は俺を入部させる気があるのか、ないのか…
正直、何が言いたいのかわからない…
「私達はアナタの入部を拒否するわけではないの。むしろ、歓迎するわ」
本当この人は何が言いたいんだろう…
言っている事が矛盾している
「ただ、私達はアナタがその実力を潰してまで男子バスケ部に入部したい理由を聞きたいの。だって、そうでしょ?マネージャーなら、ここじゃなくても、女バスでもできるんだから」
なるほど…
やっと理解できた
『そう言うことですか…なら正直に言います。これはただの私情です。少し話が長くなりますが、それでも?』
「ええ、構わないわ」
女子生徒の了承を得ると、ゆっくりと口を開いた
『…単刀直入に言えば、大輝を変えたいからです』
「青峰大輝を変える?」
まだ中学に上がったばかりの大輝は、ただのバカだった
口を開けば、バスケ、バスケ…
それしか言葉を知らないように大輝の口からはバスケと言う言葉しか出てこなかった
そこ証拠に、いつも大輝は鉛筆の代わりいつもバスケットボールを持っていた
中学に上がった頃のオレ達の実力もほぼ同等だったが、次第に差が目に見えてきた
いくら見た目は同じでも女と男
月日を重ねるごとに俺の体は女になっていった
毎日の恒例となっていた一対一も大輝にはつまらなくなっていたと思う
『中学のバスケ部に入部した大輝は“オレよりも強くて上手い奴がゴロゴロいる”と楽しそうに話していました』
そんな大輝に寂しくも感じたが、大輝のキラキラとした目を見て、オレも嬉しかった
それからも、どんどんと成長する大輝は楽しそうにバスケをしていたが、ある日を境に大輝はガラッと変わった
『あんなにバスケ、バスケとうるさく言っていた大輝が、バスケを真面目にやらなくなっていった。そして口数も少なくなっていった』
「…寂しかったのね」
『それもありますが、オレは俺自身がバスケをするのも好きですが、楽しそうにバスケをする大輝を見ているのが好きだったんです』
今の大輝は、例えるならお気に入りのオモチャを壊された子供のよう
だったら、俺がそのオモチャを差し出すまでだ
『オレが男だったら、オレが力を付けて相手をしてやればいい。けど、見た目は似てても俺はあくまでも女。公式戦で大輝と戦うことは不能です。だから誰かに頼るしかない』
「それでマネージャーを…」
『はい…。本当にオレの私情なんです。ですから、部活を公私混同しようとしているオレを無理に入部させろとは言いません』
「そうね…。それともう一つ、将来のためとは?」
『オレは将来、スポーツトレーナーを職業としたいと思っています。なので、マネージャーが適任かと…』
「わかったわ。ありがとう」
そう言うと、女子生徒はオレの目の前で入部希望用紙を真っ二つに切り裂いた
「ちょっ!?」
これにはさすがに、隣で静かに聞いていた男子生徒も目を丸くしている
だが、仕方のないことだ
『…わかりました』
そう言って席を立とうとするが、女子生徒に引き止められた
「もう一度、これを書いてちょうだい」
『え?』
「今度は“マネージャーとして”ではなく、“コーチ兼トレーナーとして”と書いてちょうだい」