宝物

□星霜の久遠
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何気ない日常の中で、こんなにもありふれた、ほんの些細なことが何よりも好きなんだ。
変わらない毎日が、本当に愛おしいんだ。
そう言ったら君は、何を今更とわらうんだろうか。
僕の大好きな漆黒を、優しく煌めかせて。

ほわん、とした頭でそうぼんやりと考える。
漠然とした思考を徒然と、気の向くままに流し続けて早数刻。そろそろ不味いとは思ってはいるのだが、あまりの居心地の良さに体が動かない。
仕方ないよね、だってこんなにも日溜まりが暖かくて、ぽかぽかして、これは神様がぼんやりしなさいって言っているようなものだ。
辺りには数十冊の本が秩序も法則性も何も無しに放り出されている。僕の相棒は本なんか昼寝用の枕ぐらいにしか考えていない奴だから、ほとんどが僕の所有物。
埃っぽい室内に若干咳き込み、それで深い思考の海から帰還してふるふると頭を振る。
何となしに視線を動かすと、ふと一点に眼が止まった。

窓から差し込む日溜まりの、少し外側。
まるで光に出ることを拒むように、ひっそりとそこに置かれた分厚い、古いノート。

(・・・何だったっけ、これ)

記憶を遡ってもそのノートに関する情報を見つけ出せなかったので、早々に思い出すことを放棄して、手を伸ばしてノートを引き寄せる。
立ち上がる気にはなれず座ったまま取ろうとしたので腕を目一杯伸ばさなければならなかったが、何とか指先が届いた。
相当古いものだろう。
何も書かれていない表紙は薄汚れ、紙も茶色く変色している。弱った紙を破かないよう、注意深く開いてみる。
目に飛び込んできたのは、子供のものと思われる文字の羅列。・・・日記、だろうか。

(・・・・・・あ)

ちかり、と、光が硝子に反射するように、脳裏に引っ掛かった記憶があった。
ほんの微かで、ともすれば消えてしまうくらいの小さなものではあったけれど。

それは、僕とユーリが出会った日から始まった、二人の日記帳。
孤児院に身を寄せていたとき、互いに唯一の同年代の相手であったにも関わらず、あからさまに正反対の性分である僕等を心配した院長が付けさせることにしたものだ。
まぁ実際は院長の心配とは裏腹に、僕等は案外すんなりと打ち解けたのだが。
久々に思い出した過去の記憶、思わず懐かしさに口元が弛む。

今は亡き彼女は、僕等に互いを大切にしろと言った。きっと一生の縁になるから、と。
今思えば彼女の人を見る目は大したものだった、と感心する。事実、僕等は院長が亡くなって孤児院が潰れた今も一緒にいるし、幾ら喧嘩をしたとしても多分、今後も長く一緒にいるだろうと思われた。
僕等は互いに依存して生きている。
隣同士。背中合わせ。
互いの存在がなければきっと生きていられない。
下町の誰かは、そんな僕等の様子を光と影、と称した。
二つで初めて成り立つ、宿命付けられた対の存在。
もう既に、相手が自分の生の一部に組み込まれているのだ。
もはや中毒のようなもの。
詰まるところ、僕にとってユーリがいない人生なんて有り得ないということだ。
逆もまた然り。これは断言できる。

そんなことを、相変わらず座り込んだまま考えていたら不意に頭の上に影が落ちてきた。

「おい、何サボってんだ」

頭上から降る、聞き慣れた声。見上げれば額にタオルを巻き、身軽な服装に身を包んだ見慣れた顔があった。

「ユーリ」

名を呼べば不機嫌そうにしかめられる眉。
よく見るとユーリは汗だくで、僕がこうして日向ぼっこをしている間に彼はずっと働いていたのだろうと思うと申し訳なくなった。

「本の整理にいつまでかかってんだっつーの」

「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」

「人が重労働してる間に・・・ふざけんなよお前・・・」

ユーリのこめかみが引きつる。
正論だ。
ごめん、ともう一度頭を下げるとかなり強めに小突かれた。
痛みに思わず涙目になる僕を見て、ユーリがざまーみろ、とにやりと笑う。
どうやらこれで赦してくれたらしい。
こういうところで、彼の優しさが見えるのだ。

「一階は終わったぜ。ハンクスじーさんが一休みしようってさ」

わかった、と答えて、僕は日溜まりから立ち上がった。
今日僕らは孤児院が潰れてからずっと身を寄せていた狭い廃屋を離れ、新しい家へと移る。
どちらも同じくらい狭いけれど、雨漏りはしないし、屋根や壁に穴も空いていない、とハンクスさんは言っていた。
お金は、そこの持ち主が丁度空いているからと、僕らがこつこつ貯めた雀の涙ほどのお金でも足りるくらいまでまけてくれた。
僕らはいつも、本当に色々な人に助けてもらいっぱなしだと思う。
皆優しくて、いい人ばかりで、僕は本当に下町が好きだ。

だからこそ、僕等は、僕は彼等を守りたいと、成長した今思うようになった。
命を救われ、育てられた恩には不釣り合いな恩返しかもしれないけれど。

(このやさしい彼等を虐げる世界に変革を)

トントンと音を立ててユーリが階段をおりていく。
それに合わせてさらさらと流れる目前の黒髪に、何故だか彼と出会った幼い日を思い出して、ぎゅっと胸が締め付けられるような想いがした。

彼の思いも、同じだと思う。
この下町を、助けを求める誰かを救いたい、と思う気持ちは。

けれど。
『大きくなったらみんなを助けよう』と誓い合ったあの幼い日から、何かが変わっていた。
何となく、違うのだ。何がとはっきり言えるわけではないけれど。
時とともに、人は変わってゆく。それは仕方ないことだし、悪いことではない。いつまでも子供ではいられないのだから。
同じままではいられない。
時間は一方方向だから。
でも、時折僅かにそれが寂しくなる時がある。

変わらなくてはいけないのだろうか。
僕らは前に進み続けるしかないのだろうか。
そうしてあの日記帳のように、昔は持っていたたくさんのものを、何時の間にか何処かへ置いていってしまうのだろうか。

それを寂しいと、立ち止まって少しの間このままでいたいと思うのは、弱い僕の我が侭だとわかってはいるけれど。

(かなしいな)

前を行く彼の背中。
手を伸ばせばすぐ届く近さにあるはずなのに、見慣れたそれが何故か今は遥かに遠く感じられて、無性に、泣き出したいくらいに悲しくなった。

何時の間にか、僕等は沢山の物を置いてきた。
ふと振り返ってみた時には、遥かにその距離は開いていて。
届かないその距離に、茫然と立ち竦むしかない。


「・・・ねぇ、ユーリ」

自身の感傷を誤魔化すように軽く頭を振って、柔らかく名を呼ぶ。
そうしたら君は髪を揺らして振り向いて、いつものように漆黒の瞳で優しく笑った。

「懐かしいもの、見つけたんだ」


つん、と胸に迫った思いは、いつかそう遠くない未来に、彼と僕の歩く道が隣同士ではなく表裏になってしまうことへの予感だったのか。
光と影は交われなくて、一緒の道にはいられなくて、けれど互いが必要で。

ふと鼻孔を過ぎった日溜まりの匂いは、彼と僕が出会った、あの幼き日の匂いと同じだった。






藍ぽっど様、ありがとうございます!!
「ユリフレで騎士団入る前の同居時代」というリクをさせていただいたのですが、温かい中にもこれからの二人を予感させるような切ない余韻に非常に萌えてしまいます!!しかも小さい頃交換日記とか!!見たい!!(ヲイ)
ありがとうございました!!
こちらこそこれからもよろしくお願い致します!!

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