物置

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鳩が豆鉄砲を食らった顔をというならまだしも、神(自称)が豆鉄砲を食らったような顔だなんていうものは中々に見れたものではないだろう。



0の日



「なあ中禅寺」
僕は出がらしの茶を飲みながら客人に構わず小難しい書物に没頭し続けている友人に呼びかけた。
「なんだね関君」
思いのほかに低い声で応えると同時に僅かばかり上げられた顔は不健康その物の青白さで、痩せていた。第三者が見ればまず肺病を疑いたくなるような風体なのだが、これでもこの皮と骨ばかりの男は健康そのものであり、結婚と同時に太ってから痩せるということをしていないのである。
「僕は関口だよ」
「なら僕は京極堂だ」
私の名前は関ではなくて関口なのだから当然の訂正をしたまでだったのだが、なんとも微妙な返しをされてしまった。
「べつに君はいまでも中禅寺なことには間違いはないじゃないか。最近僕らが呼ばないだけで」
「食ってかかるなぁ」
その最近呼ばない中禅寺で僕を呼ぶから少し気になっただけじゃないか、ましてや君はその前後に魂魄を彼方にでも飛ばしているかのごとくいつもにもまして呆然としていたからね。と友人は、京極堂は笑っているともただ口の端を上げただけともしれない表情をして、読んでいた本を置いた。すると煙草をだしてふかし始める。
それにしたって僕は古今東西関口だと、京極堂に言わせればブツブツと何を言っているか聞き取らせるつもりないような言い方で言った後、仕切りなおして一言
「学生のころを思い出していたんだよ」
とだけ言った。
「なんだそんなことかい」
そんなことだろうとは思っていたがそれだけであんな呆けきった顔が出来るのかい君は思いの外器用だな、などと能弁な友人のかるい侮辱に対して返す言葉のない私は無言で返した。正確に言えば返す言葉があってもその後々のことに対応していける言葉のほうがない。下手に反論すれば痛い目を見るということは長い付き合いの中でそれなりに学習いているつもりだ。
「で、その何を思い出していたんだい?夜中に学生寮の窓からうっかり顔を出してしまって上階から洗礼を受けたことかい?それとも初っ端から赤面症と失語症を披露してしまったがために記念すべき第一時限目を保健室で過ごしたことかい?寮監に級友からの大切な差し入れを没収されたことかい?」
「あることないことでっち上げないでくれよ」
「あることもあるのかい」
京極堂のにやりと今度こそははっきりと笑ったその顔に私は敗北を確信する。耐え切れず自分から火へ飛び入った私の完全な敗北だった。
「ついでに言えばほとんど"あったこと"だったぜ?」
「うう」
鬱になりそうだった。

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