04/15の日記

21:20
『胡蝶の夢・11』(本編前アベゼロ)
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「夢を見るんだ」


 ゼロが言うと、隣を歩いていたドミナは驚いたように目を見開いた。そんなに意外だったろうか、とゼロが首を傾げると、笑顔を見せた少女はふるふる。と頭を振る。首の動きに合わせて、足音が違うリズムを刻んで。先を歩く長姉が、怪訝な顔をこちらに向けた。
 なんでもないの、と手を振ったドミナは、話の先を促すようにゼロの顔を覗き込む。その瞳は期待に満ちたもので、ゼロはわずかに困惑した。

「そんなに、いい夢?」

「うん」

 夢の内容はよくは覚えていないけれど、『最近いいことがあった?』と聞いたドミナに即答出来るくらいには、いい夢を見ている気がする。そう考えて、ゼロはすぐに頷いた。
 ドミナは、ゼロの返答の早さに驚いたように目をしばたかせると、また嬉しそうな笑顔を見せる。

「…よかった」

 ゼロが嬉しそうで、よかった。双子の姉の漏らした背徳そのものの呟きに、前を歩くプラハが厳しい視線を向けた。ドミナ、とゼロが諌めると、彼女は慌てたように周囲を伺ってから小さく息を吐いた。
 こんな調子で、普段は大丈夫なのか。とゼロが不安に思うと、こちらを見ていたプラハが諦めたように肩を竦める。…やはり、大丈夫ではないのだろう。
 話題を変えるように、声の調子を押さえると。ドミナはゼロの顔を覗き込んだ。

「…どんな夢。って、聞いてもいい?」

 問われて、ゼロは沈黙した。僅かに落とした視線と、薄暗い通路に響く足音が過ぎる時間を刻んで行く。答えてもいいものか、と迷っても。返答はひとつしか思い付かない。ゼロは、息を吐くと小さく呟いた。



「…大切な人が、出来る夢」



 ゼロの返答に、わあ、とドミナは顔を輝かせる。双子の姉の反応は、ゼロの予想の範疇だったが。前を歩く長姉が足を止めたことに不穏なものを感じて、ゼロはその場に立ち止まる。隣を歩いていたドミナも、釣られて一歩遅れて足を止めた。

「姉さん?」

「…なんでもないわ」

 ゼロとドミナは顔を見合わせると、同じ動作で首を傾げた。呟いた姉の声は、普段よりも一段低い声音をしている。
 固い声は、いつもの弟妹を叱る口調に似ているが、それよりも一回り緊張の色が深い。問い質そうか迷って、結局ゼロはドミナに向けて首を振った。ドミナも、同じように考えたのだろう。すぐに頷いて、小さくぎこちない微笑みを浮かべる。

 責任感の強い姉は、いつも弟妹に言えない秘密を抱えていて。この沈黙も、その一端なのだろう。とゼロは思う。問い質したところで、姉は自身が背負う重荷をゼロたちに分けようとはしないのだから。せめて、姉の秘密がこれ以上重くならないように何も問わずに置こう。と。ゼロとドミナは、顔を見合わせるとまた笑顔を交わした。

 ゼロたちに背を向けたままの姉は、しばらく立ち尽くした後に、深く深く息を吐いた。体中の息を吐き切るよう、ゆっくりと呼吸をした姉はゼロたちを振り返ると。

「なにをぼうっと突っ立っているの、ミサに遅れるじゃない」

 そう、何時もの口調で口を尖らせた。胸を張った姉に、ゼロとドミナは思わず笑みを零すと同じ動作で慌てたように口を塞ぐ。そっぽを向いた姉は、それが視界に入らなかったように変わりのない足取りで歩き出した。一歩遅れて双子は、大股で歩く姉に追い付こうと笑い合う。

 笑いながら足を踏み出したゼロに、先を歩く姉が。小さく、呻くように呟くのが聞こえた。


「…………あんたたちは、誰も好きになったら駄目なのよ」


 え?と、思わず漏らしたゼロに。隣のドミナは怪訝な目を向けた。彼女には、今の姉の言葉は聞こえなかったのだろうか。












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