04/08の日記

20:50
『胡蝶の夢・10』(本編前アベゼロ)
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 目深にフードを被ったまま、ゼロは階段を見上げた。螺旋状に塔の上にと続く階段は、この広大なバベルの塔の中腹を貫いて、遥か上空の『ディアボロス』まで続いている。
 定例ミサは、すぐ近くの講堂で行われるから必要以上に歩く心配はない。けれど、段上を見上げてゼロは小さく息を付く。

「…本当に、大丈夫なんでしょうね?あんたに何かあったら、とやかく言われるのはアタシなのよ。わかってるの?」

 吊り気味の眉を寄せた姉は、言葉とは裏腹に心配そうな目を向けながら。ゆっくりとした歩調で階段を昇る。時折、足を止めてはゼロの様子を伺うそぶりを見せる彼女に、ゼロはフード越しに笑みを零した。
 大丈夫。呟くと、姉はまた心配そうに顔を歪めてから、だったらさっさと歩きなさい!と吐き捨てるような口調で言う。
 心の中でだけ、そんな姉に感謝の言葉を向けて。ゼロは僅かに歩調を早めた。



 あと一息だろうか、広く空間を取った踊り場を見上げたゼロの目に、燻んだローブを纏う一団が映る。その中で、一際小柄な影がこちらを向いて、ゼロは足を止めた。
 階段の下から覗いたゼロたちには、フードを目深に被った少女がはっきりと笑顔を浮かべたのがよく見える。信徒たちに見えないよう手を振った彼女の姿を見て。隣に立つプラハが、あからさまにため息を付いた。

「…あんたたちは、なんで揃いも揃って…」

 諦めたような口調で呟く姉に、謝罪をしようか迷い。結局、ゼロは何も言わずに、姉と同じ顔で苦笑をした。何をにやけているの、とまた咎められて。なんでも。と首を振って見せる。

 その間に、信徒の代表者らしき男に声を掛けて。少女はこちらへと階段を下りて来ている。駆け降りなかったのは、さすがに体裁を考えての事だろうが、ゼロたちから見上げた彼女の顔は満面の笑顔だ。

「…姉さん。ゼロ!」

 弾んだ声で呟いた、双子の姉にしがみつかれて。ゼロは僅かにたたらを踏む。彼女の見せた好意にか、階段を転げ落ちそうになった弟の為か。プラハは、露骨に表情をしかめると妹の頭を小突いた。

「…ドミナ」

「ご…ごめんなさい…」

「ド、ミ、ナ」

 即座に謝罪の言葉を述べる妹に、プラハはまた声を尖らせる。口を押さえたドミナが、窺うようにゼロの顔を見て。そんな双子の姉に、ゼロはついつい笑顔を零してしまう。
 ドミナも、そのままゼロに釣られて小さく含み笑いを零してから。姉の顔を見て首を竦めた。顔を突き合わせて笑い合う、よく似た弟妹に、プラハはまたため息を落とす。この双子が揃うと、いつもこうだ。と、その顔に書いてあって。ゼロとドミナは顔を見合わせてから、同時に姉を見上げた。

「まったく…揃いも揃って、モラルの低い妹たちだわ」

「「…ご…」」

 また二人同時に、謝罪の言葉を口に出しそうになって。姉から叱責の視線を受ける。見合わせた顔は、お互いに鏡映しのような情けない顔をしていて。フードの下に隠して、ゼロとドミナは、くすりと笑ってしまう。
 視界の端で、プラハが腰に手を当てるのが見えて。二人は、また同じ仕種で首を竦めた。

「……あんた達ねぇ」

「「……………」」

 全く同じ動作と表情でしょげて見せる、双子の弟妹を見下ろしたまま。プラハは小さく息を吐いた。段上を見上げた姉は、諦めたように深いため息を付いて。二人の頭を小突く仕種をする。同時に、二人の耳元に口を寄せて「…せめて、人がいなくなってからになさい」と早口で囁いた。

 思わず顔を見合わせるゼロとドミナに、姉は張り上げるような大きな声で。

「何をやってるの、あんたたちは!このアタシに恥を掻かせるんじゃないわ!!」

 と、階上に伝わるよう怒鳴り付ける。優しい姉の、いつもの『モラルの低い弟妹を嫌う』演技が嬉しくて。ゼロはフードの影から、目線でドミナに笑いかける。それを受けたドミナが、口の端を笑みの形に動かしたから。演技の傍ら、優しいけれど厳しい姉はドミナの口を捻り上げた。








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