04/07の日記

11:43
『胡蝶の夢・9』(本編前アベゼロ)
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 ゼロが目を開くと、視界一杯に手の平があって。これは何の夢だろうか、と彼は数度瞬いた。その気配を察したのだろう、手の平の持ち主がゼロの顔を覗き込む。
 鏡に見る自分の面差しと、よく似た髪の色と瞳。自分より僅かに鋭いそれは、夜のような蒼い色をしていて。ゼロは目を細めると、よく知った彼女の名を呼んだ。


「…プラハ…姉、さ…ん?」



「っ…何よ!起きているなら、さっさと返事をしなさいよ!」

 ぱし、と音を立ててゼロの額を叩くと。顔を歪めたままの姉は、すぐに後ろを向いてしまう。口調は厳しいが、姉妹の中でも優しい姉はずっとゼロを見守っていたのだろう。安堵の息を付くのが聞こえた。
 額に触れると、姉の手が触れていた場所だけがひんやりと冷たい。他の場所は、寧ろ酷く熱を持っているように思える。

「………姉さん?」

「…ミサの時間だから、迎えに来てやったのに。あんたと来たら、アタシが呼んでやっても起きないんだもの」

「……よん、?」

 まだ寝ぼけてるの?と鋭い声を出した姉は、こちらを振り向こうとはしない。厳しいようで、人一倍情に脆い姉だ。今の声が涙混じりだったことに、ゼロは気が付いていた。
 随分と高い熱を出していたのだろうか、ゼロが目を開けた時に見せた姉の涙を滲ませた顔を思い出して、小さく「ごめん」と呟いた。プラハはそれを聞くと、縁の赤い瞳を取り繕うことなく振り向いて、馬鹿じゃない!?と叫ぶ。

「あんたを心配したんじゃないわ、あんたに死なれたらアタシが咎められるからよ!…いい?自分の身が可愛いなら下らない勘違いで、二度とおかしなことを言うんじゃないわよ…!!」

 半ば泣き声のようなそれに、ゼロは自分の失言に気が付いた。姉妹の中でも優しい長姉は、その優しさが世間からどう見られるのかを人一倍知っている。そして、大切な弟妹が自分と同じ悲しみを味わうこと、自分以上に傷付くことを、何よりも恐れているのだ。
 優しい姉を傷付けるのが嫌で、ゼロは続けようとした「ありがとう」を飲み込んだ。感謝の言葉は、簡単に大罪に繋がる禁忌のひとつなのだから。その無防備さが心配だ、と優しい姉は、いつも自分によく似た弟妹に厳しく当たる。ゼロは、そんな姉がとても好きだ。
 姉は目の端を擦ると、ゼロに向けて意図して鋭くした眼差しを向ける。

「……それで?」

「え?」

「呆けないでちょうだい。…ミサよ、出られるの?出ないなら出ないで、早く報告してもらわないとアタシが迷惑なの」

 暗に、出ないことを前提にしている姉の言葉に、ゼロは少し首を傾ける。熱はあったようだし、消耗はしているけれど、動けない程ではない。ミサ自体は好きではないが、外に出られる数少ない機会だ。と思うと、このまま休むことも躊躇われた。

 …なにより、姉の監視で外に出る間は、重たく煩わしい両の手足の鎖を外せるのだ。


「行くよ。…大丈夫」

「行く、って…あんた。わかってるの?」

 困惑の混ざった姉の声に、ゼロは叱責を覚悟で微笑んで、大丈夫。と繰り返す。無表情のままで言えば、姉はまた心配してしまうだろうから。
 叱咤しようか問い質そうか、迷うような沈黙を見せてから。姉は、諦めたように、「…にやつくんじゃないわよ」と呟いて。ゼロの手に掛けられた、枷の鍵を取り出した。









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