忍たまテキスト1

□紫桃
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八百屋の申すところによると、「桃色の衣を纏った男が茄子を根こそぎかっさらって行った、と魚屋が言っていた」とのこと。
桃色が不運を呼んだらしい。
確かに男で桃色の衣を纏うのは今まで仙蔵が出会った中でも伊作くらいしかいなかった。
半べそをかきながら伊作は仙蔵に礼を言う。
「お…おじさんが全然取り合ってくれなくて…僕は茄子嫌いだって言っても信じてくれなくて…」
「しっかりしろ!お前の今日の目的は盗人に間違えられることでも茄子嫌いという事実を主張する事でもないだろう!男なら気を強く持て!女子は強い男を好むものだ」
「仙蔵…うん!僕、仙蔵のような強い男になる!」
励まされ勇気づけられた伊作は涙を拭き、いつもの屈託の無い笑顔に戻った。
しかし先程の娘達を逃してしまったのは大変惜し事をした。
仙蔵からみても品の良い美人だったのだから、きっと伊作も気に入ったはず…。
仙蔵の脳裏にふと疑問が浮かんだ。
「時に伊作、お前の好みの女性は?」
「え?好み?うーんと…そうだなぁ。優しくてご飯に茄子を入れない子がいいな」
「えらく広範囲だな!悪い言い方をすれば誰でも良いと受け取られなくもないぞ。もっと具体的に理想像を思い浮かべないと付き合った後が辛くなるだけだ」
「そ、そうか…確かに毎日茄子を出さなくても僕と同じ不運の星に生まれた子だったら二人とも共倒れになりかねない!」
「いやお前ほどの不運はまずいないと思っていい」
仙蔵の言葉に少し傷ついた伊作。
「お、あそこの店にいる娘らはどうだ?私程ではないがなかなかのものだな」
「え、どこ?」
目を凝らした先に、団子をつまみながら話に華を咲かせている娘達がいた。
「うっっっっっ!!眩しい!!僕にあれほどの美人は高嶺の花だ!!」
「私を見ても眩しいと思わないくせに何だその態度は!」
仙蔵の妙な完璧主義が発動した。
仙蔵は伊作を軽く締め上げた。
「ご め ん な さ い!」
「怖じ気づく前にやってみろ!あたって砕けろ!」
「うわぁ!!」
同部屋のギンギン野郎が吐きそうな台詞を拝借し、無理矢理娘達の前に伊作を突き出す。
はたから見たら警察に犯罪者を突き出している現場のようだ。
尻餅をつき、いててと顔を上げるとそこには先ほどのまばゆい娘が大きな目をさらに大きくしてこちらを見ている。
なかなか絵になる様に仙蔵はご満悦である。
内心、これで開放されるという安心感を抱きつつ。
「あ あ あ あ」
緊張のあまり声がでない。
どうしよう、こういう時どうしたらいいんだろう、こういう時だからこそ冷静だ、冷静に忍たまの友の内容を思い出すんだ、ええと56ページに何かいてあったっけな、ええとええと、ええと。
「変装術とは情報収集に役立てるため町人や農民に変装をする術で各階級に応じた常識に順応に応対すべくしきたりや」
「ちょっと失敬」
仙蔵は襟首を掴みその場から立ち退いた。


「教科書に恋愛のいろはなど掲載されているか馬鹿者!何故普通に会話できん!」
「だああああ!できない!できないんだ!変な事を言って嫌われたら悲しいよ!」
「いちいち失敗する事ばかり考えてどうする!貴様はまだ何もしてないだろうたわけ!」
「でも、でも!お話する前からもう頭の中で失恋している僕がいるんだ!あああ僕かわいそうだ!あんなずたぼろにふられなくても!ああ!」
「…!!!」
切れた仙蔵は力一杯伊作の胸ぐらを掴み、

思い切り頬を二度はたいた。

唖然と目を丸くする伊作。

「痛いか」
「…うん」
「こんなふられ方は二度とない。お前は今最悪なふられ方を体験した」
「…?」
「っ分からん奴だな!女子からこのような酷い仕打ちを受けたのだからもうどのように断られようが別れようが怖くないだろうが!!」
「…あ、そうか」
胸ぐらを掴んでいた手を離す。
どさりと尻餅をつく伊作。
「分かったら次だ。次こそは決めろ」
「うん…!わかった!がんばるよ僕!ぶってくれてありがとう」
何だか気恥ずかしくなって顔を背ける。
「殴る方の身にもなれ…」

そして次なる戦場へ赴く二人。
次のターゲットに狙いを定めると草葉の影から獣の如く身を潜める。
作戦会議としけこんだ。
「いいか、お前の悪い癖は悪い事を先攻して考えてしまうから不運を呼ぶのだ」
「そうなの?!知らなかった!」
「私も今さっき知った。脳内のお前をお前自身が不幸にしている限り転機は訪れん。次の獲物にかかる前に不運な考えをねじ伏せ、成功したお前を思い描け」
「成功している自分…こ、こうかな…」
「より具体的に想像することで成功への道は近い」
「そうなんだ、想像ってとても大事なんだね」
「任務でもいかなる問題が起ころうともある程度明確に想像を働かせていればおのずと解決できるように人間できているものだ」
「仙蔵はすごいな。授業でもそんな事教わってないよ」
尊敬の眼差しで見つめれば、やや高飛車な視線を寄越された。
「私が独自に編み出した戦法だ。お前にだけ特別に教えてやったのだからありがたく思えよ」
自分だけに教えてくれた大事な事、仙蔵の優しさに心が綻んだ。
応援してくれる彼の後押しがきいたのか、
「行ってくる!」
男らしい顔つきで一歩踏み出した。
頑張れ、と戦場へ躍り出た友を送り出す仙蔵が見た先には
「…おや?」


お目当ての女性は自分と似た甘栗色の髪を上の方でやわらかく結わえた、長身で色白の美人であった。
藍色の着物がとてもよく似合っている。
桃色の紅を差した唇がさらに色気を醸し出す。
女性はどうやら髪飾りを選んでいる最中のようだ。
ゆっくり深呼吸して、女性と話している自分、一緒に髪飾りを探している自分、という具合に成功している自分を再度思い浮かべる。
意を決して
「あ…あのっ!!!」
「…はい?」



大丈夫だ、と送り出したはいいが、いつもの伊作の不運が発動しないかそわそわしながら仙蔵は様子を伺った。
心無しか胃が痛い。
は組の土井先生はいつもこのような鈍い痛みを抱えているのか。
これ以上の痛みか。
不憫だ。
土井先生はおいておき、目の前の二人はずいぶん長い間話し込んでいる。
髪飾りを一緒に選んでいるようだが。
「…あ」
今、握手を交わした。
「手を繋いで…」と赤面していた伊作を思い出した。
祈願成就に至ったか。
よかったな。
「?!!!!」
女性が屈んだ一瞬、女性は確かに伊作の頬にキスをした。
「で……でんぷん…」と赤面していた伊作を思い出した。
でんぷんは聞き間違いであったが。
初めてにしてはうまくいきすぎだ。
一生涯の運を全て使い果たしてしまったのではないか、と逆に心配になってきた。
硬直する伊作に女性は手を振って別れた。
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