忍たまテキスト2

□薬草
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新野先生が風邪を引いた。
今朝からごほごほと辛そうな咳をしている。
今年のはやり病だとか

二年生になったばかりの僕は、まだ薬の調合の仕方とか教えてもらっていないけど、こっそり先生の本を盗み見ては勉強していた。
日ごろの勉強の成果を試してみたい気持ちもあったけど、何よりいつも優しくしてくれる新野先生を僕が作った薬で元気にしてあげたい、その一心で僕は休み時間に学園を抜け出した。
調合に必要な薬草は小高い丘の上に生い茂っている。
休み時間の間に行って戻ってくる時間は十分にある。
だが。
道中、熊に襲われ、命からがら逃げたと思ったら沼地に足を掬われ転倒。
そして
「…あ、あめ…」
空から大粒の雨が降ってきたと思ったらたちまち暴風雨にはや変わり。
僕は大急ぎで薬草を摘んで帰ろうとしたとき、
「うわあ!」
土砂崩れで緩んでいた地面に足が挟まり、抜けなくなってしまった。

どうして
どうしてたったこれだけのことでこんなに痛くて大変な思いをしなきゃいけないの?
僕は…先生を助けたいだけなのに、どうして皆邪魔をするの?

今日ほど自分の不運を死ぬほど呪った事はなかった。
悔しくて悔しくて、自由がきく片足で地盤をけったら、水をたくさん含んだせいか、いともかんたんに崩れた。
やっと動けるようになって、泥だらけの水びだしの最悪な格好で学園に戻った。
とっくに授業は始まっていて、僕は授業をさぼったとみなされて廊下に立たされた。
「先生の薬草を摘んできた」といいたかったけど、言えば新野先生が悪者になってしまいそうな気がして、ぐっと口を閉じた。
僕は悪いことをしていない。
先生を助けようとしただけなんだ。
僕は悪くない。
そうやって何度も何度も僕に言い聞かせた。
授業が終わったらすぐに先生のところへ言って薬をせんじてのませてあげよう。
僕は右手に握り締めていた薬草を見つめ、もう一度心に固く誓った。

放課後。
僕はぬれた服もそのままに保健室へ駆け足でやってきた。
「先生!」
そこには先生の代わりに6年生の委員長がいた。
「あ、善法寺。先生なら食堂だよ。」
「あ、ありがとうございます」
「それよりお前、その格好じゃ風邪ひくぞ。ちゃんと服乾かして…」
僕は先輩の言葉を最後まで聞かずに駆け出した。
先生、待ってて。
待っててね先生。

「せんせい!」
「おや、善法寺くん」
先生は食堂でお茶を飲んでいた。
「あのっ、先生の風邪…」
「ああ、心配してくれてありがとう。おかげさまでおばちゃんの薬味たっぷりおじやで元気になれたよ」
「…あ」
横から食堂のおばちゃんが顔を出す。
「栄養価の高い食事が何よりの薬だからねぇ。私も頑張らせてもらいましたよ」
…なんだ。
そっか。
先生、もうよくなったんだ。
「善法寺くんも頂きなさい。きっと勉強になるよ」
「僕いりません」
先生とおばちゃんが「えっ」という顔をしている。
何より、僕が一番驚いた。
僕は何がなんだかよくわからず、そこから逃げ出した。
走りながら、僕は何故だかわからないけどとっても腹が立っていた。

必死で走って、また保健室へ戻ってきた。
誰もいない。
先輩、帰ったのかな。
片手には握り締めてぐしゃっとなった薬草。
…いいや、こんなもの。
どうせいらないよ。
先生元気だったし。
ごはん食べてたし。
よかったじゃないか。

もうちょっと早く帰ってこれたら…
僕が不運なばっかりにせっかくの機会を逃してしまった。
全然役立たずだ。
何で僕は何をやってもだめなんだろう。
気がついたら自分をたくさん責めていた。
本当はもっと違うことがいいたいはずなのに、考えれば考えるほど自分を攻撃している。
ぐしゃっとなったそれを、力いっぱいゴミ箱へ投げてやった。
もう全部どうでもいいや。
捨てられてますますぐしゃぐしゃになった草が僕にみえた。
なんだか無償に悲しかった
「粗末に扱ってはいけませんよ」
聞き覚えのある声。
振り返れば新野先生がおじやを手に立っていた。
捨てられたところを見られた。
物を粗末に扱う子だって思われた。
さっきだって嫌な事言って先生から逃げた。
最悪だ。
僕は最悪だ。
先生はゴミ箱から草を取り出すと
「ほう、今の季節には珍しい薬草だねえ。一体どこで見つけたのかな」
と聞いてきた。
僕は先生を見ることができなくて、背中を向けて
「学園の裏に生えてました」
と嘘をついた。
ああ、またなんてことを。
嘘なんかついてどうするんだよ僕。
「そうか、私の為に摘んできてくれたんですね」
「勉強用に摘んできただけです…」
全然素直になれなくて、またひねくれた事を言ってしまう。
先生をがっかりさせてしまったろうな。
「もし、これがいらないなら私に譲ってくれないかな」
えっ、と振り返ると、先生はいつものにこにこ笑顔のままだった。
「もうゴミ箱に入れちゃったから使えないです」
「ゴミでも、私にとってはとても大事なものだよ」
「だって、先生もうおじや食べて病気治ったじゃないですか」
「まだ完全に治ってはいないんだ。おじやだけでなく症状に見合った漢方を服用しなくては。だからこの薬草を…」
「…」
「…そうか、それなら仕方がない。その薬草がある場所を教えてくれないかな?」
「…」
「善法寺くん」
「…ぅう、うえっ、えっ…ええっ」
「どうしたの?どこか痛いの?」
「うわあああっ!ごめっ、ごめんなさぁあい!」
「…」
「うわあぁ!わあぁああん!」
「よしよし、いい子だね」
「ちがっ…ちがうのぉ!ぼく、っぅええ…わるっ、わるいごとじで…」
「どうして?薬草摘んでくることが悪いこと?」
「ぢがう!嘘づいで…」
「そうだね、これは学園に生えてるものじゃないよね。もっと遠いところにしか生えていないよね」
「う、っ……う、んっ」
「先生はね、知ってるよ。善法寺くんが先生の為に怪我して泥だらけになってこの薬草を摘んできてくれたんだよね」
「ひっ、く……ううぅ!」
「でも先生が善法寺くんのせっかくの気持ちを無視しておじやを食べちゃったから、とても悲しかったんだよね」
「えっ、えうぅぅうっ!ううう!」
「ごめんね、先生はばかだね。ちゃんとお薬待ってればすぐに治ったのにね」
「ぜっ!ぜんぜぇ!!ぼぐ、…ぼくっ…」
「本当にごめんね。許してくれるかな」
「うあああああっ!あっ、ああああん!!」

先生に抱きしめられて、僕は赤ん坊のように泣きじゃくった。
泣いてる時の先生の顔とか、その時何を言ってたかは今ではあまり覚えてないけど、何度も背をさすってもらった手のあったかさは不思議と覚えていた。

「おいしい!」
「だろう?」
おばちゃんのおじやはさめてしまってもおいしかった。
「医学の現場ではこれから食についても考えていかねばならないんだ。丁度いい機会だからおばちゃんに作ってもらおうと思ってね」
風邪をひいても勉強熱心だった。
先生をますます尊敬した。
向上心や気配りや、何よりも心のあたたかさ、寛大さ。
僕は先生のようになりたいと思った。
僕が泣いていた時のように優しく人の背中をさすってあげられる人になりたいと思った。
「先生、あの…僕も薬作りたいです、先生の」
「おや、私は最初から善法寺くんに作ってもらうつもりだったのだけれども」
僕は目を大きくした。
だって、先生は僕が全く知識がないと思ってたから、まさかそんな事を言われると思わなかった。
「でも僕、まだ…」
「そりゃ初めてだもの。私が教える通りにやれば間違いない」
「ありがとうございます!一生懸命覚えます!」
後になって知ったのだけれども、先生は僕がこっそり先生の本で勉強していた事を知っていたらしい。
先生は何でも知っていた。
いつも僕をみてくれていたんだ。
「善法寺くんはいいお医者さんになるだろうね」
「どうしてですか?」
「怪我をたくさんしているからだよ」
がっかり…。
だって、「頭がいい」とか「才能がある」って言われると期待していたから。
まさか不運なのがいいお医者さんの秘訣だなんて。
「怪我を身を以て知る事は患者さんにとって何が一番必要かわかるからね。体験は一番いい薬なんだよ」
僕は大きく返事をした。
先生を助けようと必死で学園を抜け出して、熊に追われて、ぬかるみで転んで、雨に濡れて、足が挟まった事、全部全部これから出会う患者さんの助けになっていくんだ。
全部僕のものになっていくんだ。
「だからね、今はたくさん転んで泣いて笑うんだよ」
うん、先生、分かったよ。
僕だけの薬で、もっともっとたくさんの人治していくよ!
そして先生にどんどん近づいていくから、たくさんいろんな事教えてください。


長屋までの道のり、僕は先生のタコだらけの手を握って帰った。










…………………………
会社でさ…いつもお世話になってるおじさんにせめてもの恩返しと思ってさ、お願いされた版を作成したんだけどさ、プリンタ不良でうごかねえわデータ故障するわでタイミング悪くてさ、ほんと自分の人生こんなばっかりじゃねえかと呪ってさ、そんな時にこの話思いついたんだけどさ、頑張るぞって時に限っていつも空回りするんだよね…悲しい。
結局力技でやりきったけどさ。
不運っぷりは自分と伊作どっこいどっこいです。

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