忍たまテキスト4

□呼方
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「善法寺はいるか」
仙蔵が食堂を訪れた。
一服していた文次郎、小平太、長次、食満が振り向いた。
伊作はいないようだ。
「いや、もうすぐ委員会が終わるからここで待っていれば…」
「ならいい」
そう言うと仙蔵は茶を汲んでぐっと飲み干し、そのまま立ち去った。
「あれ?いさっくんに用じゃないのか?」
「いや。それじゃあ私はおいとまする」
「え?おい…」
文次郎が呼び止めるのも聞き入れず食堂を後にした。
「なんだ?あれ」
数分も待たないうちに伊作がやってきた。
「あ、皆いたんだ。僕も一緒に混ざっていい?」
「…」
長次がおいでおいでした。
満面の笑みで椅子に座った。
「ありがとう。二年の委員会活動ってやること増えて大変だね。あれ?立花くんはまだ来てないの?」
「いや、ついさっきまでいたぞ」
「そうなんだ。一緒にお茶したかったのに」
「仙ちゃんはいさっくんに用事があったみたいだったけど」
小平太はそう言うが、文次郎には分かっていた。
仙蔵のあの態度は明らかに伊作を避けている。
基本的に社交辞令を重んじる彼であるが、苦手な人種とは極力顔を合わせないという一面を持ち合わせている。
変なところだけ感情に忠実である。
しかし伊作が何かやらかしたという話は何も聞いていない。
長次と食満に軽く視線を投げると、二人もこの微妙な空気を感じたのか軽く頷いた。
何も分かっていないのは世間話に花咲かせている小平太と伊作くらいである。
「そういえば僕、最近立花くんに会ってない気がする」
あれ?と小平太が身を乗り出す。
「そうなのか?おれは毎日会ってるけどなあ。プチ不運中なんじゃないのか?」
「いつ頃から会ってないんだ?」
食満が尋ねると伊作は茶を見つめながら
「確か…二週間前くらいかな」
とのんびり答えた。
二週間…ちょうどお互いが知り合って半月経った頃か。
「って、そんなに会ってねえ事に早く気付けよ!」
文次郎が突っ込んだ。
そうだねあははと笑う伊作は、時間の感覚が少し人とずれているのかもしれない。
「…喧嘩したのか?」
長次がもそ、と呟いた。
伊作は頭をひねりまくって考えたが
「いいや全く。身に覚えがないや」
これだけ過去を絞り出したのだからこの二人の間には本当に何もないのだろう。
ともすれば仙蔵に何かあるのか。
文次郎は自室に戻ると、仙蔵が次の日の予習に励んでいる最中だった。
勉強ならいつでもできるだろうに、早々に立ち退くまでして伊作と一緒にいたくない理由が分からない。
「なあ、どうしたんだ?」
「何がだ?」
「伊作が何かしたのか?」
「いいや別に」
淡々と話す彼の口調からは怒りは感じられないが、明らかに好意的ではない事は汲み取れた。
「あいつ、お前と話したがってたぞ」
「そうか」
会話が一方的で仙蔵から望む答えが得られない。
仕方ない、と文次郎が踵を返すと、仙蔵が
「空気を濁してすまない」
と小さく詫びた。
一応自覚はしているようだ。
「…言えない事なら無理しなくていい」
「ありがとう」
…恐らく仙蔵の中で葛藤しているのだろう。
ならば後は自分次第。
文次郎はこれ以上何も聞かなかった。
そして仙蔵も、どうしようもない事で周りに迷惑をかけてはいけない、と書物を閉じた。


「何かしたかなあ…やっぱり避けられてると思う?」
夜までずっとうんうん唸って、ようやく食満に尋ねた。
「俺も分からないってさっきから何べんも言ってるだろうが」
しつこく聞かれてうんざりな食満は早く寝たかった。
「明日に長次が仙蔵誘ってうどん屋行くんだから後は皆に任せておけば大丈夫だって」
「でもさ、僕が身に覚えないって事はきっと僕の何かが気に入らないんだよ。それが分からなければいくら仲良くしようとしても…」
しょげる様はまるで子犬だ。
伊作はいつも「構わなくてはいけない」オーラを醸し出しているせいか、兄貴分の食満はどうしても放っておけない気持ちに駆られる。
「今あの山猿がそれを聞きこみしてる最中だから大人しく待ってようぜ、な?」
「誰が山猿だ!」
突然障子をパーンと開けて文次郎が部屋に乱入してきた。
「あっ、文次郎!」
「るせーぞ!今何時だと思ってんだ!」
「留野郎!山猿取り消せ!」
喧嘩勃発寸前で伊作がやめてと割り込んだ。
似た者同士なのにどうしてこんなに相容れないのだろうか、伊作には分からなかった。
「立花くん、何で僕のこと避けてるか分かった?」
首を横に振り聞き出せなかった旨を告げる。
食満が「役たたず」と呟く前に伊作が尋ねた。
「一緒に部屋にいる時、僕の悪口とか言ってない?」
「あいつはそんな事しねえ。嫌いな奴は徹底して無視するだけだ」
「子供か、あいつは」
「俺に言うな!」
「誰もお前になんか言ってねえ!」
「ああもうやめて!」
第二次もんけま大戦が勃発する寸前で伊作が阻止した。
本当にいつになったら落ち着くのかこの二人は。
「とにかく明日にならないと分からん。あまり気を病まずに今日は寝ろ」
文次郎にも寝ろと言われたので仕方なく頷き床に就いた。
「…うーん…うーん」
「早く寝ろ…頼む寝てくれ…」



翌日。
「うまいなあこれ!」
「美味しいね」
晩飯のうどんにニコニコ笑顔の二人とどこか不機嫌な仙蔵とうどんを啜りながら様子を伺う文次郎、長次、食満。
根回しして伊作の隣に仙蔵を配置したのだが、それが仙蔵には面白くないらしい。
「留三郎、七味取ってくれる?」
「ん、ああ」
肝心の伊作は全く気にしない様子。
旨そうにうどんを頬張っている。
「文次郎、長次、箸止まってるけど大丈夫?」
仙蔵の様子を探るあまりうどんが疎かになってしまったようだ。
長次は単にゆっくり食べているだけなのだが。
「あれ?立花くんも全然食べてないじゃないか。顔色よくないようだけど具合悪い?」
ぴくり。
仙蔵が機嫌を損ねたようだ。
文次郎はすかさずフォローに入る。
「こいつの肌は生まれつきだろ」
仙蔵は能面のように表情を変えず
「よく分かったな善法寺。今日は具合が優れないから長屋へ戻らせてもらう」
と言うが早いが、早々に席を立ってしまった。
「あっ、待って!僕が付き添うよ!」
伊作が仙蔵の腕を掴むと、仙蔵があからさまにその手を払いのけた。
「ちょっと待てよ、何だよその態度!」
流石に我慢ならんと食満が椅子を倒して席を立つ。
仙蔵はそんな食満に目もくれず背を向けたまま店を出ていってしまった。
伊作はぽつんとおいていかれた。
「いさっくん、大事ない?」
心配そうに近づく小平太に伊作は強い目を向けた。
小平太は「あ」と思った。
「ごめんね、僕先に行くよ」
そう告げるなり仙蔵を追いかけるべく駆け出した。
「…何だあいつ!無礼にもほどがある!」
食満は怒りを露にした。
「…追いかけなくて大丈夫か?」
「うむ、俺が行…」
「いや」
小平太が止めた。
「いさっくんなら大丈夫だ。問題ない」
にっ、と歯を出して笑う小平太に一同顔を見合わせる。
…あのいさっくんは強いいさっくんだ、きっと上手くいく。
小平太はそう確信した。


「立花くん!待って!」
大声で呼び掛けるが仙蔵は早足でどんどん先へ行ってしまう。
伊作はそのすぐ後ろを同じ速度で付いていく。
「立花くん!」
「何だ善法寺」
呼び掛けには答えるが一向に立ち止まろうとしない。
それでも必死に食いついた。
「一緒に保健室いこう」
「一人でいける。気にするな」
「気にするよ、友達が具合悪いのにほっとけないよ」
突然仙蔵が足を止めた。
寸でのところでぶつかりそうだった。
「…友達?」
仙蔵の呟きに違和感を覚えた。
どうして疑問形なんだろう。
振り向いた仙蔵は鋭い目で伊作を睨み付けた。
そして忌々しげに言葉を吐き捨てた。

「お前は私を友達なんて思ってない」

…へ?!
自分の事なのに、そんなふうに断言されるとは思っても見なかった。
「ちょっと待ってよ!君が僕を友達じゃないって言うなら分かるけど、どうして君が…」
「自分の胸に聞いてみろ!」
「聞いても分かんないよ!教えてよ!」
伊作はいつもは素直だが、たまに頑固であった。
「知ってても教えるもんか!」
仙蔵はいつもは冷静だが、たまに短気であった。
「君は僕の友達だよ!それ以外の何でもない!」
伊作は頑として譲らなかった。
「じゃあ何で私を『立花くん』って呼ぶんだよ!」
仙蔵が息を切らしながら叫んだ。
伊作は意味が分からず何も返すことができなかった。
「どうせお前は文次郎から仲良くするよう言われてるんだろ!?同情なんて御免だ!」
仙蔵は生まれつきの白い顔を真っ赤にして叫んだ。
伊作は仙蔵から怒りとは違う「悲しみ」を瞬時に感じとった。
肩で息をする仙蔵に落ち着いた声色で呼び掛けた。
「立花くん、じゃ…友達じゃないのかな?僕は君を何て呼んだら友達って認めてくれるかな?」
「お前が認めてないんじゃないか!」
伊作は首を横に振った。
「今、君は僕が同情してるって言ったけど、同情って『かわいそう』って気持ちの現れだよね。君をどうして『かわいそう』って思う必要があるの?」
仙蔵は伊作の真っ直ぐな眼差しに見つめられ、言葉に詰まり目を背けた。
「僕は君と仲良くなりたい。まだ出会って間もないからお互い何が好きで何が嫌いか分からないから、まずは君が一番好きな呼び方を知りたいんだ」
「…」
「立花…」
「すまない、少しいらいらしていた。今のは全部忘れてくれ」
しまった、逃げられる!
伊作が口を開きかけるよりも前に、仙蔵は踵を返してしまった。
こうなってはもう何も言ってくれない。
もう少しで心を開いてくれると思ったが、自分から心を閉ざしてしまっては聞く術はない。
どんな形でもいい、君の気持ちを話してくれないと僕は何もわからないよ…。

結局、何もわからないまま、二人の関係は振り出しに戻るのであった。








…………………………
この話なげぇえええええ…(げんなり)
すんごい難航してます。
頑張って続けます。
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