長編小説

□Stay with me
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コーヒーをブラックで飲めるようになったのは、いつからだろう。

未だ口の中に残る苦味に、顔をしかめながら、そんな他愛のないことを考えていたら、

「容赦ねぇよな〜瀬野先輩って」


唐突に、現実に引き戻された。

「だよな。さすが鉄の女。まじ、怖いわアレは」

私はドアの手前で固まったまま、動けなくなる。

昼休み真っ只中ということもあって、辺りは閑散としていた。そのせいか、聞きたくもない会話が耳に入ってくる。
盗み聞きはよくないけど、聞こえてくるんだからしょうがない。私は入ろうか、入るまいか迷って、やめた。入れなかったんじゃない。入らなかった。
そしてそのまま、化粧室へと踵を返した。

『まじ怖いわ、アレは』

アレってなんだ。アレって。私は無意識に、先ほど聞こえた言葉を反芻している自分に気づき、頭を振った。

同じオフィスなんだから、陰口を叩くなら、もっと場を弁えやがれ馬鹿野郎。思いっきり罵ってやりたい気持ちを、必死で抑える。あの声は多分、新人かな…。

そんなことを考えつつ、鏡の中に映る自分の顔を、ぼんやりと眺めた。
完璧に装飾され、武装された顔。
隙一つない、働く女の顔、がそこにある。
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