版権小説

□マザーランド
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思考力がある生命は誰しもマザーランドを持っているらしい。
特に人は郷愁を懐かしみ、大切な場所として心に留めておく。
今まで契約してきた人間たちを通して理解していたつもりだったが…。
懐かしさという感情は何となく分かる。

しかし、その大元となるマザーランドとは?



故郷?

郷愁を誘う場所?



そんなもの、

俺にはない。










マザーランド









「刹那ぁ〜!どこ行ったんやー!」

そう叫びながら走り回っているのは今世話になっているイヴル王国の第一王女。
遠目で見ていると、こちらに気付いたのか廊下の広場に設置されている噴水の縁に座っている俺と目が合った。

「吉良…!刹那見ぃひんかったか!?」

「…いや、見てないな。」

そう返すと「ありがとう!」と言いながらまた走り出した。

相変わらず刹那も酷なことをする。
九雷ちゃんの気持ちを分かってやっているのならば、あのあからさまに態度に出ているボイスとやらに今度は本気で殺されるぞ…と心配は一応してやるが本人次第なのでこの辺は介入しないと決めている。
…寧ろ俺への気持ちを問いただしたいくらいだしな。

そんな事を考えながら足を組み直し、胸ポケットから愛用している品番の煙草を一本取りだし口元に運んだ。

「苦い…。」

苦いながらこの品番を好んで吸うのは何故か懐かしさを感じるから。
フッと皮肉めいた笑いを零し、わざと声に出して呟く。

「何が懐かしいんだか。」

そう自分に言い聞かせながら、右人差し指と中指で挟まれた身体に害を与えるニコチンまみれの物体を見つめた。

苦い味。
鼻につく臭い。
決して美味しいものではないのに…この中毒性は…。
軽く自分はマゾなのかもしれないと鼻で笑った。

そして再び唇に煙草を運び、座っている噴水の縁に両手を突っ伏し天井を見上げた。
視界には洞窟を基調にしたアナグラのゴツゴツした岩の天井と、ユラユラと揺れる白い煙。
1cm程の先端からあがる一筋の白煙が徐々に新しい"世界"を見つけ広がって…消える。
数秒の内に生まれて消える白煙のなんと儚い一生。

人間の一生も俺にとっては実に儚かった。
しかしその儚い一生の中には感慨深い感情が幾つもあった。
その中で一番理解に苦しんだのが"マザーランド"という存在。
不思議なことに今まで契約してきた人間全員にソレはあり、客観的に見ている俺にはそこがマザーランドか?という場所もあった。
そいつが人生の中で一番長い期間暮らした場所がマザーランドだと思いきや、一年ほど暮らした場所をマザーランドとする者もいた。相変わらず人間は理解に苦しむ。

長くなった灰を床に落とし再び一服すると、白煙は先程と同じように天井に漂い、消えた。

「…マザーランドねぇ…。」

「マザーランド?」

いきなりの声に驚き、声のする方を向くと、よっ!と左手を頭の横であげ挨拶をする刹那がいた。

「刹那か…。」

そう言うと刹那は俺の横に座りながら言った。

「吉良先輩何してたの?」

俺は煙草を持つ手をあげ、「煙草。」と返した。

すると刹那は俺の持つ煙草を見つめ

「煙草ってマズくねぇ?何を好んで吸ってるか俺には分かんねー。」

と言った。
それには同意する。
しかし俺は嘘ついた。

「この味が分からないようじゃまだまだお子ちゃまだな。」

実際は自分も解らないくせに。

「…ひでぇなぁ。俺だって吸えるよ?」

そう言うと刹那は俺から煙草を奪い、吸いかけのソレを口に含んだ。
俺の目線は煙草の後を追い、刹那の形の良い、あの唇に行き着く。


ーゴホゴホゴホ…!!!!


刹那の噎せた音で我に返った。
そして人を小馬鹿にしたような口角の片側だけ上がった"いつもの"顔に戻し、ある一点を見つめていた事を悟られないように言葉を掛けた。

「…ほら、無理だろ?」

「昔先輩が無理矢理吸わせたのがトラウマなんだよ!」

間髪入れずに刹那が牙を剥く。
この掛け合いが…楽しい。
…ふと思う。
何と言う平穏な時間なのだろうか…。




ーー何時間か他愛のない昔話を繰り返していると、刹那が急に話を変えた。

「…で、先輩。マザーランドのことだけど。」

「は?」

いきなりの展開に間抜けな声が出た。

「は?っていまさっき先輩呟いてたじゃん。」

とあの人懐っこい笑顔を俺に向ける。
…まさかこの話題に戻ってくるとは…。

「…いや、ただどんなもんなのかと、思って…さ。」

…時々、こいつは意外と策略家なんじゃと思う時がある。
今みたいな事は初めてじゃない。
刹那は「ふ〜ん。」と言いながら俺を下から覗き込んだ。
刹那の慣れていない手つきで持っていた煙草を照れ隠しに取り、床に落とし靴裏で火を消した。
刹那はその行為を目で追っていたようだった。

俺が踏み付けた煙草から足を離すと

「…先輩のマザーランドってないの…?」

と刹那が問い掛けてきた。
真っ直ぐと前を見ている刹那を横目で一度確認しその問いに答えた。

「…俺は何度もアレクシエルを追ってその時代に存在する人間と契約してきた。契約してきた人間個々のマザーランドは記憶にあるけれど…俺自身にはそんな懐かしんで慈しむような場所はないな…。まぁ剣だったしな。」

と、最後は冗談を混ぜつつフフッと笑う。
するといつもの刹那なら乗ってくる所で思いがけない言葉が投げ掛けられた。

「今"アンタ"は吉良朔夜。俺は"無道刹那"。今までの前世を知らなかった"俺"じゃない。そんな俺とまだ数年だけど過ごしてきて何とも思わない…?」

「……。」

真剣な表情に釘付けになる。
何とも思わないのかだと…?
何かチリチリと胸が痛んだ。

「…ねぇ先輩。俺さ、紗羅が大切なんだ。」

「…分かってる。」

「…何だかんだいって父さんも母さんも大切なんだ。」

「……分かってる。」

分かってる…分かっている。
お前は紗羅ちゃんが一番大切で…家族が大切…。
ふと、下を向いていた顔を刹那に向けた。

「…?」

すると左手耳辺りを指で弄っているのが見えた。
その手を気にしていると、刹那が言葉を続けた。


「…でもさ、先輩。先輩がいる…これは絶対条件なんだ。」


見つめていた耳を弄る指の間から、"赤"が見えた。
…俺がやった"赤"。

刹那は申し訳なさそうに微笑み、もう一言加えた。

「…俺にとってのマザーランドは大切な人たちがいる場所。…先輩がいる場所だよ。ねぇ、先輩は…?」

無意識に口端が綻び、思わず横にいる刹那の後頭部に手を掛け自分の胸に運んだ。

「…先輩?」

不思議そうに俺を呼ぶ刹那。

そうか、場所ではなく大切なのは"強く思いの残った場所"。
それなら俺にもある。

「今分かったよ。俺のマザーランドは"お前のいる"場所だったんだ。」




ー忘れられない"場所"はあるだろうか?
還りたい"場所"はあるだろうか?
懐かしく、いつまでも慈しみたいと強く"思っている"場所…それこそがマザーランド。






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