版権小説

□睫毛
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色素の薄い髪と同様に、
陽に当たり睫毛がキラキラと光る。
その光景を目前で見てしまうと、触れたいという感情が芽生えてくる。
しかし儚なげな"ソレ"は、触れた先から崩れてしまいそうで…。

君の髪に触れてもいいだろうか?
君の頬に触れてもいいだろうか?
君の睫毛に触れてもいいだろうか?

自身でつくった不可侵の決まり事。

…君にどこまで触れていい?


なぁ、夏目。






睫毛








「夏目…?」

「…田沼?」

ふと気が向いて、夏祭りに花火を見たあの丘に訪れた。
普段そこには人気がなく、あの日も人はおれ達だけだった。
あれから夏が終わり、制服が学ランになって秋も中盤に差し掛かり、若干肌寒くなってきた。
そこでふと二三日前にあの日のことを思い出し、立ち寄ることにした。
道すがら、もちろんそこには誰もおらず、あえていうなら自身の影法師と2人だけだと思っていた。
が、そこには君がいた。

"友人"という定義がどれだけのものかは分からないが、彼…夏目はおれにとって"友人"であることは間違いないだろう。
世間一般からは異様と思われる現象を共有できる唯一の"友人"。
しかしおれの気持ちとは裏腹に"友人"という関係を脅かす不安もあった。
夏目は危険なことが起こっていてもおれに言わない。
おれははっきりと"視"ることができるわけじゃないけれど…。
これ以上の関係を望むことは身の程知らずなのだろうか…。



「田沼も来たんだな。」

急に隣に立っているおれにあの柔らかい口調で尋ねた。

「…まさか人がいるとは思わなかったよ。」

そう返し苦笑いをした。
ちょうど夏目との関係を考えていたから。
するといつも一緒にいるポン…いや、先生がいないことに気付く。

「…先生はいないんだな。」

すると夏目が振り返り、おれのズボンの裾をツンツンと引っ張った。

「夕日が見たくて。付き合ってよ。」

そう言いながら皆が嘘くさいと言う笑顔をおれに向けた。

横に少し間を空けて座ると、夏目と同じ目線になった。
すると夕日が夏目に直接あたり、髪を筆頭にキラキラと光っているように見えた。
こんなことを直接言うと怒るかもしれないけれど…綺麗だった。
全体的に色素の薄い夏目は実に儚なげで…いつか消えてしまうんじゃないかと感じるほどで。
しかし、何かあったと感づいても夏目を助けるなんて大それた事はおれには出来なくて…。
力になりたいのに…なれない。
そんな手持ち無沙汰な感情を押し殺し、ならばと少しでも夏目の負担にならないように、心配を掛けないようにと秘密にするのが当たり前になっていた。

…あぁ、今気付いた。
おれも夏目に全てを言っていないんだ。

「田沼、俺、田沼のこと大切なんだ。」

「…え?」

突然の告白に驚いた。
相変わらず沈み始めた夕日を見据えてはいるが、そのまま言葉は続いた。

「その…よく分からなくて。田沼には何でも話して欲しいし、一緒にいたい。理由があったにしろ避けられたのは…嫌だったし…。」

「夏目…?」

聞き返すと顔をこちらに向け、苦笑しながら申し訳なさそうにさらに口を開いた。

「どこまで立ち入っていいか分からないんだ。田沼に嫌われるのが怖いから。」

…一緒だ。
今まで親しい友人ができたことがない。
そんなおれ達がお互いにできた"友人"。
もっと親しくなりたいのになり方が分からない。
どこまで許されるのか分からない。
…そして嫌われたくないから距離を置く。


おれは思わずクスッと笑ってしまった。
すると夏目が不安そうに問う。

「…田沼?」

素直に嬉しかった。
そしておれは笑顔で応える。

「…夏目に触れてもいい?」

夏目にとっては唐突の事だったからだろう、顔は赤くなり、一瞬うろたえたが首を縦に振った。
受け入れてくれた証。
その合図を確認し、おれは右手でキラキラ輝く髪を撫で、耳を通って頬に手を添えた。
相変わらず夏目は耳まで真っ赤で…可愛かった。
触れたくても触れられなかった大切な人。

キラキラ、キラキラ、キラキラ、キラキラ。

「田沼…?」

おれの動きが止まり不安になったのだろう、夏目がおれの名を呼ぶ。
…髪だけでなく、夏目の睫毛もキラキラと光っていたからだ。
いつも少し距離を空けて眺めていたキラキラと光に透ける睫毛。
触れたかった美しいモノに手が今なら届くかもしれない…。
ふと、そう思った。



大切な君におれは何が出来るだろう?
今は傍らで一緒に居ることしかできないけれど、夏目の気持ちが少し分かったから…怖くない。

そしてそっと、目の前の夏目のキラキラ光る睫毛の先端を指でなぞった。

「田沼…?」

反射的に触られている睫毛の瞼を閉じた夏目との距離を再確認し、言葉を発した。

「…おれにとっても夏目は大切だから。」

そう言って触っていた睫毛に口づけた。




不可侵の決まり事を破った。
しかし、それはおれ達の関係を壊す行為ではなく、お互いを知るための大切な行為。
…大切な君に近づけた、必要不可欠な大切な行為。






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