版権小説

□守宮
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無意識にアノ人の躯に住まう黒い影を追う。
ただ本能に任せて這い廻っているだけなのか、それとも何か意図して故意的に這い廻ってるのか…。






守宮






いつもと替わらない午後。
いや、違うな。
いつもより穏やかな午後。
何故かというと、今日はまだ訳ありの妖に会っていないから。
このまま一日が終わってくれたらいいのに。
…そう思う反面、手持ち無沙汰でもある。

そんなことを考えながら帰路に着いていると、正面から見覚えのある人影が声をかけてきた。

「やぁ、夏目。久しぶり。」

…二週間ぶりなんだけど。

「…名取さん。暇なんですね。」

「酷いなぁ。君に会いたかったから来たのに。」

そう言いながら目を細めて笑う。
その時視界の端に写った黒い影。
名取さんの首筋に"いる"痣。
それは一端動きが止まったかと思うと、また世話しなく躯中を動き回る。
まるでヤモリみたいに。
…まぁ形はヤモリなんだけど。

「夏目、あっちに素敵な場所を見つけたんだ。寄って行かないかい?」

ふいに掛けられた誘いの言葉。
俺は痣から視線を戻し、いつものように愛想なく答える。

「行かないと行っても連れて行くんでしょう?」

「まぁね。」

と答え、俺は名取さんの左後ろに着いていく。
…またやってしまった。
どうも名取さんといると反抗的になってしまう…
自分を諌めていると名取さんの左手に痣が移動してきた。
手の甲に指先を頭にして"居る"ヤモリ型の頭部分のみがやたらと左右に動いている。
…なんか可愛い。


「夏目、着いたよ。」

そう名取さんが言うと、視界が開け、はじめに見えたのは大きな樹木。
樹齢何百年…いや何千年という感じの太い幹に、空が見えないほど広げられた枝。
そして、その枝に茂る葉の隙間から零れる幻想的な光線。
妖精が存在するならこういう所だ、とふと思った。
俺がほうけていると、後ろから名取さんが抱きしめてきた。

「綺麗だろ?」

横顔が並ぶ。
こういう時思う。
やっぱりこの人は芸能人なんだなって…綺麗なのは貴方。
すると視界を横切る黒い影。
首下で俺を抱きしめている、細いながらがっしりとした俺のそれとは違う大人の腕を這い廻っている。
先ほど条件反射で添えられた俺の手。
這い廻る"痣"が名取さんの腕と俺の指先の接触点に移動する。
…まるで俺の指先にキスしてるみたい。
先ほどまで動いてた頭は俺の指先に頭の先端を付け静止する代わりなのか、尻尾がクネクネと動いている。
犬がじゃれているみたいで、くすっと笑ってしまった。
名取さんは笑った俺に気付き、覗き込む。

「何を笑っている?」

「すみません。"痣"ですよ。」

名取さんは自分の痣を見つけ、ふっと笑う。

「こいつ、夏目が好きなんだな。」

…"好き"。
名取さんは俺を好いてくれているのだろうか。
妖が見える"仲間"だから気にしてくれているだけ…?

「な…名取さんは?」

自分でも思いがけない言葉が口から発せられた。
俺は先ほどの言葉を訂正しようと焦って振り返る。

「…!!!!すみません!忘れて下さい!」

名取さんの顔を見ると、先ほど手に"居た"痣が左頬に移動していた。

「夏目。」

自分で聞いてしまったのに、答えを聞くのが怖くて…
びくっと肩が揺れた。
すると名取さんが近づいてきて、耳元で優しく囁いた。

「俺はこの"痣"に嫉妬したよ。」

そう言い、俺に笑顔をくれた。




−名取さんの皮膚に住まう"守宮"。
ただ這い廻るだけの"妖"なのか、それとも何か意図して故意的に這い廻る"痣"なのか…。






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