版権小説

□雨
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たとえば旅人が雨宿りに立ち止まる、
一里塚みたいな存在になれたら…










小さい頃から時々変なものを見た。
他の人は感じられないらしい
それはおそらく
妖怪と呼ばれるものの類。


「夏目。」

下駄箱でクラスの違う友人と会った。
彼はどこか不思議な雰囲気を持つ奴で、
おれと同じように変なものを感じるらしい。
…いや、語弊だな。
彼にははっきりと見える。

玄関から今朝のニュースでは予測されていなかった雨が
容赦なしに地面へと落下する。
玄関を見ていた夏目はこちらを向いた。

「田沼か。」

そこで気付く。

「…夏目、傘ないのか?」
夏目は苦笑しながら

「…そうなんだ。忘れちゃって。
通り雨だからしばらく待ってようかと思ったんだけど。」

…<<通り雨だから>>。
水の怪にでも聞いたのだろうか?

「…よかったら入れよ。」

少し驚いた様に目を見開いたが、いつものポーカーフェイスに戻る。

「…でも家大分遠いし…。」

予想していた答えが返ってきたので夏目にもう一言添える。

「よければ家に寄ってよ。
雨宿りがてら。」

悩んだ末、夏目は承諾してくれた。

「…じゃあお願いするよ。」

申し訳なさそうににっこりと笑う。
みんな夏目の笑顔は嘘くさいという…何となくわかる気がした。
綺麗すぎるんだ。
絵に描いたような…完璧な笑顔。

「よかった。」

おれはごく普通の蝙蝠傘なんて昔は言われた真っ黒い傘をさした。

「悪いな、田沼。」

そう言うとおれの左側に入った。
土砂降りの中、他愛のない話をし始める。
今日の体育はめんどくさかっただの、
休み時間にこんなことがあっただの。
ふと…この何とも言えない肩と肩の空間に気付く。
反対側の傘から出た夏目の肩は濡れ、華奢な躯が透けている。
…この距離がおれとの心の距離なのだろうか…。
夏目はおれに気付かず楽しそうに…今日の出来事を話している。

「…田沼?どうした?」

急に名前を呼ばれた。
心配そうに覗き込む夏目。
すぐ反応せずにじっと見てるだけにした。

「た、田沼?」

…焦りだす夏目。
ポーカーフェイスだと思われているけれど、そうでもないんだ。
嫌われるのが怖いから興味がないように接する。
おれがそうだった。
…この辺で意地悪はやめて本題に入ることにした。

「…肩…濡れてる。」

夏目は自分の濡れている肩に目をやった。

「あぁ…大丈夫だよ。」

そう言う。

「風邪ひくからもっと寄れよ。」

「大丈夫。田沼が濡れるだろ?」

…そんなのいいのに。
いらない遠慮。
前を向いて歩く夏目の肩の濡れは段々と広がり、
半分ほどにまで広がった。

「夏目、ちょっと傘持ってて。」

持ち手を強引に渡す。

「どうしたんだ?…ちょ、田沼!」

傘という狭い空間から飛び出すおれ。
天からの恵の雨を躯全体に浴びる。
夏目が近寄って俺に傘をかけた。

「何やってんだ!ずぶ濡れじゃないか。」

強い口調で言い放つ。
おれは濡れた夏目の肩に触れ

「おれ、ずぶ濡れになったから多少の濡れなんて関係ないよ。」

と微笑んだ。
夏目はふっと笑って

「…そうだな。」

と言い、もうずぶ濡れで意味がないだろうおれに傘を渡す。


家路を急ぐ。
真夏ではあるが雨に濡れるとさすがに寒かったから。
すると…肩に温かい何かが触れる。
夏目の肩だ。
濡れてなかった右側に染みができていた。

「ごめん。右側まで濡れた。」

と言い少し肩を離した。
すると

「今更何言ってんだよ。」

と笑う。
…いつもの笑顔とは違う。
なんて自然な表情。
素顔を見せてくれた気がした。

どうこう言っている内に境内に付き、玄関に入る。
夏目を部屋に案内し、タオルを渡し、

「今風呂沸かしてるから。」

と温かいココアを準備する。

「何から何まで悪いな。」

夏目は濡れた肩を拭き、貸してやったTシャツに着替えていた。

「田沼って結構デカイんだな…。」

夏目の躯には一回り大きかったみたいだ。
おれは夏目を見て、ココアを渡しながら

「身長も違うし…何にせよ夏目は細すぎるからな。」

と笑ってやった。

「好きでヒョロヒョロなわけじゃないぞ。」

むくれた。
なんか可愛いな。
夏目がココアを飲もうとマグカップを口元に移動させた。

「あつ…!!!」

「悪い!…猫舌だったんだ?」

ヒィヒィ言っている。
普段見れない夏目に嬉しさ半分、表情には出さないが心の中では笑うおれ。

「ニャンコ先生ほどではないけどな。」

お互いの笑い声が雨の音しか聞こえない空気を揺らしていた。



「…あ、雨やんだな。」

他愛のない話をしていたらいつの間にか雨は止んでいた。
夏目の言う通り、通り雨で今は夕空まで覗いている。
綺麗。
窓から夕焼けを見ていると夏目がふいに

「…そろそろ帰るよ。」

と言った。
もうすぐ夕飯の時間だから。
境内まで送りに出て、夏目が手を降る。

「じゃあな。今日はありがとう。」

おれも手をあげる。

「じゃあ。」

また来いよ、と気軽に言えない自分が歯痒い。
すると夏目が

「また来てもいいか?」

と尋ねて来た。
おれは驚いたが

「いつでも来いよ!…明日でもいい。」

と返した。
夏目はふっと笑い、背中を向けた。




願わくば、
夏目にとって雨宿りにふらっと寄れる
一里塚のような存在になれたらいいのに…と思う。





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