短編 弐

□人間になりたかった神様
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―――生意気なその口を啄んで、
脈打つその喉に噛みついてやろうか。





≪人間になりたかった神様≫





オレは羨ましくて憎くて愛しい"人間"に馬乗りになり、その首を締め上げた。
"人間"は酸素を求め口を動かすが、そんな余裕を無くすくらいに、きつく締め上げる。

"人間"はオレを見上げながら憎悪と殺意の孕んだ視線を向けてきた。
ああ、生意気な"人間"めが。
"人間"という分際でオレに逆らうとでも言うのか。
オレも"人間"と同じ視線で"人間"を見下ろし、口角を上げてその顔に近付いた。
"人間"は身を捩り、オレの視線から逃れようとする。
逃すものか。

その酸素を求めて喘ぐその口を己の唇で塞いで、首を絞めている掌に更に力を込めた。
"人間"が気を失いそうになる気配を感じ、手と唇を離す。
ゲホゲホと咳き込みながら、"人間"はオレを睨めつけてくる。


「愚かな人間如きが」

「…ッ…ゲホッ」

「私に逆らうのか?地獄に堕としてやろうか、聖徳太子」


"人間"は尚もオレを睨み続けている。
その瞳には憎悪と殺意と、羨望が孕まれていた。

オレは頭に血が上るのを感じた。
その衝動のまま"人間"の頬を打つ。
何度も、何度も何度でも執拗に、打ち付ける。
"人間"の口端が切れて血が流れた。
普段のオレならば血に過敏に反応し悲鳴を上げる所だが、今のオレは違う。

その血を指で掬い、舐める。
"人間"が奇怪なものを見る目でオレを見てきたのが不愉快で、もう一度頬を打った。


「こんなものが命の源という人間風情が…粋がったな」


羨ましい羨ましい。
この赤い血が流れ続けるだけで"死"の輪に組み込まれることが出来るだなんて。
この程度のことで輪廻に還り、再び愛しい存在と巡り逢うことが出来るだなんて。

お前はオレの望むものを全て持っている癖に、何故そんな目でオレを見るんだ。
オレが望んでも手に入らないもの全てを持っている癖に、何故オレを羨むのだ。
ああ、あ。
憎い、羨ましい。
そして何よりも愛しい人間よ。
だからこそお前の視線は不愉快だ。


「閻魔、大王」

「黙れ。貴様如きが私の名を呼ぶことが赦されると思うのか?舌を引っこ抜くぞ」

「―――…同じだな、お前は…私と」


何もかもを悟ったように笑うその表情が不愉快で、オレは再度"人間"の頬を打った。


「何が言いたい、聖徳太子」

「…同じなんだよ…」

「次は言わぬ、何が言いたい」

「…お互いに無い物ねだりってこと」


―――ああそうだ、解っているじゃないか。
オレはお前のようになりたかったよ。
大切な人たちと共に生きて、死んで、再び巡り合うその循環に入りたかったよ。
たとえ記憶が無くなろうとも共にいられるような存在と巡り合いたかったよ。

結局鬼の子はオレを置いて行ってしまうんだ。
それは決定事項であり、オレなんかでは変えようのない掟だから。
ああ、あ。
後を追って逝けたならどれだけ幸福だろう。

いっそ消滅でもいい。
同胞を裁くこの所業から逃れることが出来たのならば、どれだけ良いだろう。

自分の好きなことをやっていられる"人間"がオレを羨望の眼差しで見つめるという行為が何よりも不愉快だ。
その目を抉り取って、粉々に砕きたくなる。
何が慈悲だ。
"人間"如きにかけられる慈悲など持ち合わせていない。


「だからこそオレは君が羨ましくて憎くて愛しいんだよ、太子」

「…そう…私も同じだよ閻魔」


打ってごめんね、と言いながら頭を撫でれば、"太子"は、気にするなと笑った。


「閻魔が情緒不安定なのは知ってるし、私だってよくあるからな」

「ううん…でも…痛かったよね、ごめん」


手を翳せばその傷は消えていく。
けれど、感じた痛みは消えることはない。
"太子"は大切なオレの親友なのに、オレはなんて酷いことをしてしまったんだろう。

"太子"に頭を撫でられて、泣きたくなった。










fin.

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