献上

□愛情確認と、愛情増幅
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普段通り自分の仕事場で振り当てられた仕事を黙々とこなしていた、その時、
廊下の方からだだだだだだというけたたましい足音が響いてきた。
その足音の主に心当たりがあった僕は、使っていた墨がぶちまけられないようにしっかりと蓋を閉め、筆を置いた。
思わず溜息が零れ出る。

その足音に交じって、他の役人の悲鳴やら焦ったような声やらが聞こえてきた。
足音も大分近付いてきたようだ。
そろそろ、来るか。

背筋を伸ばし、直に開くであろう扉を見据える。


「妹子妹子妹子ぉおお!仕事終わんないよぉおお助けてぇええ!!」


扉をブチ破る勢いで飛び込んできた人物を視界に入れた瞬間、僕は床を蹴りあげ飛び上がり、そいつに蹴りを入れていた。


「自業自得だろがボケ太子がぁああ!!」





≪愛情確認と、愛情増幅≫





腰に手を当てて踏ん反り返る僕の目の前で、太子ことこの国の摂政である聖徳太子は土下座した。
僕こと、冠位五位の小野妹子は、それを冷めた目をしながら見下ろす。
いつものことだ。
上司の威厳の欠片もあったもんじゃない。

太子はいつもこうだ。
散々遊びまわって仕事を溜めに溜めて、自分一人で処理しきれなくなったら僕に縋り付いてくる。
僕はといえば、口では迷惑だとか自業自得だとか言ってはいるものの、それが心地よかったりする。
好きな人に頼られる、ってのはそれがどんな些細なことでも嬉しいものだ。
ましてや太子はこの国を背負って立つ摂政なのだから、本当は他人には弱音を吐かない人であるから、僕だけにこうして泣きついてきてくれるのが何より嬉しい。
まあ、それを本人に言ってやるつもりはないけれど。

ぐすぐすと鼻を啜りながら、太子は床に擦りつけていた顔を上げた。
目尻に涙が溜まっているのを見て胸の奥が締め付けられたが、気づかないフリをする。


「お願いだよぉお妹子ぉ…本当に無理なんだ…あんなの一人で出来っこないもん!」

「だーかーら、自業自得っつってんでしょーが。アンタがいつまでも遊んでるからだろ!」

「だって妹子と一緒にいたかったんだもん!」


その言葉に、思わず反論が出来なくなる。
―――いやいや騙されちゃいけない。
太子は解っててやってるんだ。
何を言ったら僕が喜ぶか、何を言ったら僕がしょうがないなあと言いながら手伝ってやるか、解っててやっている。
性質が悪いんだよ、この人は。
その上、そんな素振も見せないような純粋な表情を浮かべているんだから。

騙されちゃいけないと、解っているのに、
絆されちゃいけないと、解っているのに、
―――ああもう、これが惚れた弱みってやつかよ。


「…仕方ないですねえ、さっさと書類持ってきなさい」

「手伝ってくれるの!?」

「その代わり、それ相応の報酬は頂きますから」

「解った解った!うわああいありがと妹子、流石私が遣隋使兼恋人に選んだ男!」


言い残して、太子は書類を取りに自室へと戻っていった。
僕はその後ろ姿を見送り、足音が聞こえなくなると同時に、文机に突っ伏した。
顔が赤くなっているのが解る。

あの野郎、さらりと言い捨てやがって。

自分とは天と地ほども身分に差のある太子と恋仲になれただけでも夢のようであるのに、
あんな風に時々さらりと言葉にされては、我慢しているものもしきれなくなりそうだ。
―――僕だって若いんだからな、それなりの欲求は溜まるんだよ。
解ってんのかなあ、あのオッサン。
解っててやってるのかもしれないし、あの人は時々本当に純粋すぎるところがあるから気づかずやっているのかもしれない、し。
こういう状況、なんて言うんだっけ。
ああ、生殺しだ生殺し。

いっそ今度押し倒してやるか、というところまで僕の思考が行き着いた時、漸く太子が帰ってきた。
どんどんと大量の書類を僕の仕事場に持ち込み、そこらに積み上げていく。
どんどんと、
…どんどんと、
……どんどん…

まだ止まる気配のない、量の増え続けていく書類に、僕の米神あたりの血管が切れた。


「テッメェどんだけ溜めやがってんだコラァ!!?」

「げふぅう!ごめんなさいいい!!」


最後の書類を部屋に運び入れた太子の腹に一発蹴りを入れて伸して、痛くなってくる頭を押さえつつ、僕はその書類に手をつけ始めた。
書類は、やっぱりというかなんというか、摂政である太子にしか出来ないものが多くて、
そういうのは全て、未だ伸びている太子の隣に積み上げていってやった。
早く起きないと後が辛いですよ、太子。
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