家宝

□天国の惨劇−小野妹子の証言−
1ページ/4ページ

この世には見てはいけないもの、というものは存在する。
禁忌ではなく、禁止。
その正確な違いは国語辞典ほど厳密でないにしろ、それは確実に見てはいけないもの、だった。
その時のことは思い出したくも無い。
後に、目撃者である小野妹子は語った。






「妹子〜!」
「鬼男くぅ〜ん!」
「「どっちだ??」」

くるり。
二人で鏡写しの如く対称に妹子と鬼男が振り返った先には、嬉々とした表情で腕を組み、よく解らないポージングを決めている阿呆の代名詞二人が立っていた。
右から聖徳太子、閻魔大王、である。
しかし、普段と相違なる点が一つ。

「どうだ妹子、分かるか?」
「鬼男くん、わかる〜?」

台詞だけでは分かるまい。
そのまま読めば上記の台詞は上が太子、下が閻魔のものと思えることだろう。
しかし、前髪をぺろりと括り上げ青いジャージを着たその人からはいつものカレー臭はしてこない。
そして、前髪を一束ほろりとおでこに流し、黒い着物と大王と書かれた帽子を被ったその人の瞳は深紅ではなく漆黒。
二人とも浮かべている表情は無邪気な笑顔、覗いている八重歯、という可愛らしいものだ。
まるで悪戯をしている最中のような、という表現をしたいところだが、比喩するまでもなく二人は考え付いたばかりの悪戯を部下二人に対して実行中だった。
衣装を交換、口調までをも交換した互いへの「成り代わり」。これで間違えるような観察眼のない部下達でないというのは二人も承知している上での、どんな反応をしてくれるか、というそんな些細な悪戯だった。

「「なにをやっているんですか、二人とも」」

期待通り、部下二人は見事な合唱でもって、さらに見事なシンクロっぷりで怪訝な視線を寄越してくれた。
それに気を良くした入れ替え上司組は、組んでいた腕を解き、ぱたぱたと入れ替わった状態での部下のもとへと向かった。つまり、太子は鬼男に向かって、閻魔は妹子に向かって小走りに寄っていった。

「妹子っ、早くカレーを食べに行くぞ!」

妹子に向けられる台詞はいつものままだが、纏っているのはカレー臭でなく菫の淡い香り。
太子もこのくらい上品に香でも焚けばいいのに、と妹子が思ったのは仕方ないことだと思われる。

「鬼男くんっ!仕事なんてサボってツチノコ探しに行こうよ」

鬼男に向けられる仕事を蔑ろにした台詞はいつものままだが、向けられるのは天真爛漫な純粋さ100%の笑顔。
大王もこれくらい邪気のない、裏のない笑顔でいてくれれば僕も身構えることなんて無いのに、と鬼男が思ったのは秘密だ。別に閻魔がいつでも邪気のある、裏に欲を孕んだ笑顔を浮かべているなんてそんなことはない。多分。

「「嫌ですよ」」

再びの見事な合唱で断りの返事を返した二人。ため息を吐きながらお互いに交わした視線に、ふと悪戯な光が揺れた。
ほんの意趣返し。
悪意に似た意思を視線だけで交わし、部下二人は寄ってきた上司(見た目のみ)ににっこりと綺麗に微笑んで見せた。

「太子」
「なーに?あ、じゃなくって…なんだ?」
「カレーもいいんですけど…僕、他に食べたいものがあるんです。今日はそれに付き合ってもらってもいいですか?」
「ん?仕方ないなー。私は心が広いから許してやるぞ!」
「ありがとうございます」
「…ていうか、妹ちゃ……」
「じゃあ、行きましょうか太子」

ぐい、と問答無用。相手の台詞すら遮って妹子が閻魔の手を引き、

「大王」
「なんだ?…あ、じゃなかった、なーに?鬼男くん」
「ツチノコより、良いもの差し上げますけど…」
「え、ホント?なになに?」
「とっても良いものですよ」
「わぁい!あ、でも、鬼男。本当は分かっ…」
「じゃあ、行きましょうか大王」

にこ、と爽やかな笑顔で鬼男が太子の腕を掴み、

部下二人は、下らない悪戯を仕掛けてきた上司二人に対し、思いついたばかりの意趣返しを発動した。

「「存分に十分に、ベッドの上で可愛がってあげますよ」」
「「す、すみませんでしたぁぁぁぁあああああ!!!」」

あまりもの壮絶な部下達の笑顔に、上司の悲痛な悲鳴が冥界中に響いたという。








「まったく…。あんな悪戯で閻魔大王様の仕事を中断させちゃいけませんよ、太子。裁きを待つ長蛇の列を知らないわけではないでしょう?どれだけの方に迷惑がかかると…」
「ううう…ごめん、ごめんって妹子。大人しく天国に戻るから、階段ごつごついわせながら引きずるのは勘弁して…麗しい聖徳美脚が痣だらけ…」
「そんな太子も愛してあげますよ」
「妹子っ!」

無駄に男前な台詞をさらりと寄越した妹子に、太子が図らずともきゅん、としているところ…。
天国への扉を潜りしばらく歩いた先で、妹子は不意に足を止めた。

「妹子?」
「しっ」

ずりずりと半ば引きずられる形で進んでいた太子が、ようやく自らの足で地面に立ちながら急に立ち止まった妹子に声をかける。
が、すぐさま黙るように示された。
視線の先を追う。
……………………。

「妹子」

思わず小声で話しかける。

「なんですか?」

返ってくる言葉も小声だ。

「ここって、天国だよね?うっかり地獄に来たんじゃないよね?」
「ええ、僕もそう思いましたが、ここは確実に天国です。ですが…あの一地帯だけは地獄と言っても過言ではないでしょう」

そう、

「貴方、芭蕉さんの何なんですか?」
「答えてよいのでしょうか?拙者は、曽良殿が思ってらっしゃるとおりの存在かと思いますが」
「そうですか、ならば死んでください」
「もう死んでおります」
「ならば、消えてください」
「消えることなど、忍である拙者には容易いですが…」

そう、目の前で対峙する二人を包む空間だけは、まさしく地獄といえよう。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ