家宝

□例え許されなかったとしても
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私は只の人で、君よりも老いている。
君は忍で、私よりも若い。他の人より優れているところが沢山あるんだ。


だから、だからね、



「私なんかに構うより、他の素敵な人を見つけた方が…」

「それは聞き入れぬ願いだと申した筈ですが?」

「うぅっ…」



ばっさり。
折角勇気を出して言った言葉は、半蔵くんに一蹴される。

ぎゅうう。
先程よりも強く抱き締められる。半蔵くんの腕の中はあったかくて、なんだか凄く安心するんだ。
ふわりと香るこれはお香の匂いかな?それを思いきり鼻腔に吸い込み、笑む。


あぁ、あぁ。いつもこうだ。
私は彼の将来の事を思って言っているのに。
先が短い私なんかと一緒に居ても、半蔵くんが悲しい思いをするだけなのに。

そう思っている自分がいるのに、半蔵くんと離れたくないと思っている自分がいるのもまた事実。
その矛盾に、何故だか判らないけれど自分自身に異様に腹が立つ。

私を包む半蔵くんの香りに、酷く泣きそうになった。
さっきまで安心していたのに、何故だろう。



「…芭蕉殿、」

「ん、ごめん…ちょっと、目にゴミが入っちゃって」

「……芭蕉殿は本当に判りやすい方ですね」

「ふ、ぇ?」



頭の上で少し困ったような笑いが聞こえたと思ったら、ふわりと頭上に乗せられる半蔵くんの手。
乱暴に、けれど優しく私の頭を撫でるその仕草に視界が滲む。



「…ど、して、」

「拙者は忍の世界で生きる者です。何時何処で、命を落とすかも判りませぬ」



まるで赤子をあやすような優しいテノール。
けれどその声色とは裏腹に、言葉は悲しい現実を帯びていて。

嫌だ。駄目だよ。死ぬなんて、言わないで。

そんな意味を込めて、半蔵くんの着物を掴む手の力を強める。あぁ、私は一体何をやっているんだ。

―――結局は、怖いんだよ。半蔵くんを失う事が。



「…拙者は、芭蕉殿をお慕いしているのです。他の方など、考えられません」

「駄目、駄目なんだよ、それは駄目なんだ、ねぇ、」

「その言葉は聞き入れません。…先程も申しましたが、拙者はいつ命が尽きるか判らぬ世界で生きています。だから、可能な限り、」



芭蕉殿の傍に居させて頂きとうございます。

最後の方は泣きそうになりながらもそう言う彼に、私はもう何も言う事が出来なかった。
ゆっくりと半蔵くんの背に腕を回す。びく、と半蔵くんの身体が跳ねた。



「……もう、君は本当に恥ずかしい事ばっかり言うんだから。松尾、照れちゃうよ」

「芭蕉殿」

「うん、ごめんね。さっきは勝手な事ばかり言って。私もね、半蔵くんと離れたくないよ」



嬉しそうな顔をする半蔵くんに、私まで嬉しくなってくる。

ふわりと香った半蔵くんの匂い。高鳴る心臓、緩む頬。


目の前の幸せを噛み締め、私は半蔵くんに触れるだけのキスをした。




*終*

⇒感謝の言葉
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