【秋伏】
□アンドロイドは××の夢を見るか 5
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伏見を連れて、秋山と弁財は青の組織本部のあるビルの屋上へと到着した時、日は西に傾き、空は黄昏色に染まっていた。
伏見はぼんやりと空を見上げる。
「どうしました?」
なかなか納得していない様子の弁財はそんな伏見には見向きもしなかったが、秋山は脚を止めて伏見の横に立った。
「いえ、空…綺麗だなって…」
「……、そうですね」
あの場所にいた時は空の色にも興味が無かった。
何故だろう。
こんなもの、いつでも見れた筈なのに。
伏見は不思議な気持ちで空を見上げていた。
秋山はそんな伏見を複雑な心境で見ていた。
アンドロイドとこんな風に話したことなどない。
もしかしたら、今までも知らないうちにアンドロイドと接していた事もあるのだろうけれど、そうと知って話す機会がなかったからかもしれない。
「…中に入りましょう」
接し方に迷いがないということはない。
何しろアンドロイドというものは、秋山にとっては討伐対象でしかなかった。
なのに何故、自分はこのアンドロイドを連れて帰る真似をしたのか。
何故か自分に似ている気がしたのかもしれない。
行き場のなかった自分を拾ってくれたのは、宗像だった。
バウンティハンターとして生活する前は、殺伐とした街中で生きるために必要な事はなんだってした。
誰かを助けてやるほどの力が手に入ったから、縋る様な眼をした相手に手を差し伸べる優越感を得られるようになったと言いたいだけなのかもしれない。
相手はアンドロイドなのにか?
もし、この伏見が下手な真似をする様な事があったら、他のアンドロイドと同じ様に撃ち殺すというのに?
束の間の優越感を得る為だけに彼を壊す事になるかもしれない。
自分のエゴに嫌気がさした。
中途半端な優しさなんて、かえって残酷だ。
けれども、一時の感情に任せてした事を後悔しても埒が明かない。
伏見は黙って秋山の後ろを付いてきた。
「秋山、」
階下へ降りて宗像の執務室へ向かうと、部屋の前には弁財が立っていた。
「…どうした?」
なにかよくないことでもあったのだろうか。
それはそうだ。
きっと伏見の…
「留守だそうだ」
「え?」
嫌な汗が背中を流れていたが、弁財の口から出てきた言葉に思わず脱力する。
「宗像さん、いないのか?」
「あぁ…、勿論だが03もいないらしい。こんなものが置いてあったぞ」
そう言って弁財が小さな紙片を手渡してくる。
そこには、
『秋山君へ。
諸事情ありまして、出かけてきます。
先の件、よろしくお願いしますね』
と書かれていた。
「はぁ…、」
やたらと丁寧な字で書いてあるのが余計だ。
秋山はげんなりとした顔で紙片を折った。
「仕方ないな。俺たちだけでどうにかしろってことだろ?」
弁財もやれやれと言った表情だった。
「俺は白銀に連絡してくるよ。アンドロイド識別システムが通用しないアンドロイドが出てきたんじゃ話にならないからな」
白銀とは、対アンドロイド専用の機器を製作する研究組織だ。
そこに行けば今回の件に関してのヒントが得られるかもしれない。
「伏見さんを連れていくのか?」
伏見さん。
秋山がそう言ったところで、弁財は眉を跳ね上げた。
「ちょっと来い、」
弁財に腕を引っ張られ、秋山は伏見から離れた廊下の陰に連れて行かれる。
「お前な、わかってるとは思うけど…」
がしかしと頭を掻いて、弁財は苛立ちを露わにそう言った。
「わかってるよ。」
秋山は苦笑する。
「本当にわかってるのか?」
両肩を掴まれて、秋山は弁財を見た。
「嫌だな、弁財。俺は、アレが変な行動を起こすようなら壊すって、自分で言ったんだよ?」
弁財の手を外しながら、秋山は言う。
「今はまだ、彼の事が何もわからないから生かしておかなきゃいけない。俺たちの目的は、いかにしてFMS1107の討伐を遂行するかだ。未知の存在なら…」
「そんな事わかってる。俺が言いたいのはそういうことじゃない」
弁財は大きなため息をついた。
「それなら、アレを名前で呼ぶ必要があるのか?」
そういう些細な事から綻びが生じるんだ。
弁財は眉間のしわを深くする。
「…、その方が相手も油断するかもしれないだろ。アンドロイドにとって、他者との共感は不可能だ。だったらこっちもそれなりの態度で接すれば勘違いするかもしれない」
「そうかもしれないけどなぁ…」
それでこっちがやられでもしたら、藪蛇だ。
「弁財、お前も俺の事言えないじゃないか」
随分、臆病になったな。
「…、わかったよ。お前がそこまで言うなら、もう何も言わない」
弁財はそう言い残して立ち去った。
秋山はふーっと息を吐く。
正直弁財がここまで警戒するところなど見た事が無い。
それくらい自分は、危うい場所に脚を突っ込んでいるんだろうと思った。
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