頂き物

□この胸いっぱいの愛を
3ページ/3ページ


あいつは今日、この日。
一人じゃなくて、独りだ。
俺にできることは何もないかもしれない。俺には力不足かもしれない。
それでも、俺は今、アイツを独りにはしたくない。


自然と足が駆け出す。
早く。速く。

息があがるのも気にせず走る。俺の横を、風が追い越す。


ああ、いた。
この場に不釣り合いなくらい綺麗な色。
大切で愛しい、飴色。




「黒崎くん、どうして・・・」

聞きたいことは、たくさんあって。
だけど驚きの方が大きくて、何も出てこない。
黒崎くんは少しだけ困ったように頭を掻いて、呟いた。

「ごめん」
「え?」
「忘れてた。今日のこと・・・」

何で黒崎くんが謝る必要があるのか。
どうして黒崎くんがここにいるのか。
どうしてそんなに息があがっているのか。
何も理解出来なくて。
ただ、わかったのは、黒崎くんが誤る必要はなんて、どこにもないんだってことを伝えなくちゃってことだけ。

「え!?く、黒崎くんが謝ることなんてないよ!?」
「いや、でも・・・」

黒崎くんは何かを言い掛けてやめて、「挨拶してもいいかっ」って。
黙って頷くと、お兄ちゃんの前にしゃがんで荒い息を整えるかのように深く息を吐いてから、ゆっくり手を合わせて目を閉じた。

お兄ちゃん。黒崎くんだよ。
覚えてるかな?
お兄ちゃんと私を、助けてくれたんだよ。
今日で会うのは三回目、かな。
一度目は病院で。
二度目はあの日。
そして今日。
綺麗な、オレンジ色でしょう?私の大好きな色なんだ。
お兄ちゃんがいたから、出会えた人なんだよ。
黒崎くんだけじゃない。
たつきちゃん達や、死神さん達だって。
酷い言い方かもしれないけれど、お兄ちゃんが生きていたら、出会ってない人達かもしれないんだ。
本当に私、お兄ちゃんからたくさんのものをもらったんだよ。それなのに・・・。


「お前は?」
「え?」
「終わったのか?」

顔を上げると、そこには挨拶を終えたらしい黒崎くん。

「終わったような、終わってないような」
「どっちだよ」

黒崎くんが優しく笑う。
何だか今日は、いつも以上に優しく見える気がした。

「一つだけ、聞きたいことがあって・・・」
「そっか・・・」

そう言うと、黒崎くんが私の背中を押してお兄ちゃんの前に立たせる。
それからおもむろに地面置いてあった桶をを手にする。

「これ、返してくるな」

そうして歩いていってしまう。
きっと自分がいたら、私が話せないと思って、気を遣ってくれたんだ。
本当に優しいなぁ。
大好きな人達に、優しく手を差し伸べてもらえる私は、なんて幸せ者なんだろう。

「ねぇ、お兄ちゃん。教えてほしい事があるの」

どうしても一つだけ、聞きたいことがある。お兄ちゃんは私といて、幸せだったのかな?
お兄ちゃんが嘘をつくような人じゃないことは知ってる。
見せてくれた笑顔や優しさを、疑っているわけじゃない。
でも、お兄ちゃんが優しい人だって事も、知ってるから。
もしも私がいなかったら、大学へ行ったかもしれない。
友達と遊んだりしたかもしれない。
きっとお兄ちゃんになら、たくさんの友達が出来たと思うんだ。
そのうちに、好きな女の子を見つけて、いつか一番大切な人を見つけて。
結婚して、子供ができて。
マイホームも持って。
あ、ペットもいいかもしれないね。
お兄ちゃんの家はきっと、いつだって笑顔が溢れて幸せなの。
そういう幸せを、もつことだって出来たんだよ。
お兄ちゃんはもっともっとたくさんの幸せを、拾い上げていくチャンスがあったんだよ。
私といたことが、その幸せと同じくらいだとは、どうしても思えないから。
お兄ちゃんだって、私の世話をして一生を終えるなんて考えながら、生きてたわけじゃないでしょう?
そんなつもりで生まれてきたわけじゃないでしょう?
幸せを、夢見てたよね?

「それでも、幸せだったよ、きっと」

頭に、温かいぬくもり。お兄ちゃんのものとは違うけれど、同じくらい、大きな手。
だけどわかる。
振り返らずとも。
私は、この手の温かさを知っている。

「・・・黒崎くん」
「幸せだったよ、お前の兄貴」
「どうして・・・、わかるの?」
「そうじゃなきゃ、虚になってまで現れたらしないだろ。虚になるのは正しいことじゃないけど、それだけお前のことが大切だったんだ」
「そう、かな・・・」
「最期に見たあの穏やかな顔。俺は一生忘れないと思う」
「・・・・・」
「上手く言えねぇけど」
「でも・・・」
触れられている、頭があつい。
でも、それ以上に目の奥が。泣いちゃダメだ。決めたのに。
溢れて溢れて止まらない。

「でも私・・、お兄ちゃんに何一つ恩返し出来てないんだよっ・・・?」

せめて、お兄ちゃんが向こうで幸せになってくれればいいと、心から祈る。
祈ることしかもう、出来ない。でも、もっともっとそれ以上に、今、お兄ちゃんがここに生てほしいって、願ってしまう。
そう願ってしまう私は、何て貪欲で自分勝手なんだろう。

「兄貴も、お前と同じなんじゃねぇか?」 「え・・?」
「いや、何て言うか、俺のお袋も俺を庇ったせいで死んじまった。お袋が生きててくれたらって、思うときもある。でも・・、それはお袋も同じなんじゃねぇかって」
「・・同じ・・?」
「俺がお袋に生きてもらいたかったみたいに、お袋も俺に生きてほしかったんじゃねぇかって。だからお前の兄貴も一緒だと思う。お前に、生きてほしいって、思ってるんじゃないか」
「そうかな・・」
「同じだよ。兄妹だろ?」

そうやって、悪戯っぽく笑ってみせる。きっと泣きそうな私を元気づけようと、してくれてるんだね。

「お袋が俺を許してくれても、俺が俺自身を許せないのは本当のことだ。それでも、お袋は俺が笑ったり、楽しんだりしたからって、俺を憎むような人じゃない。俺の、周りの奴等だって。喜んでくれる人はいても」 空を仰いでいた黒崎くんが、視線を下げたせいで目が合う。強くて揺るぎない、真っ直ぐな視線。 「お前だってそうだ。お前が笑うと、皆嬉しいんだ。でも、時々は笑えなくたって、皆お前がいてくれるだけでいいって、思ってる。兄貴も、たつき達も、俺も・・」
「黒崎くん・・・」
「って、偉そうに言ってるけど、こういうの、お前が教えてくれたんだけどな」 「え?」
「いや、何でもねぇっ」

そう言うと視線を逸らしてしまう。
心なしか顔が赤いのは気のせいだろうか。
お兄ちゃんも私と同じかな。
だけど、黒崎くんが言うと、本当にそう思えるから、不思議だね。
お兄ちゃん。お兄ちゃんも、私が笑うことで、喜んでくれるかな。
私が生きることを、許してくれるかな。
だったら、私は、貴方がくれた命を、私の力でちゃんと輝かせるよ。離れてるお兄ちゃんにも、見えるようにね。
私はよく転ぶけど、何度も立ち上がって、前に進んでいくよ。
本当はね、お兄ちゃんにもっと、生きていてほしかった。
もっと一緒にいたかった。いろんなことを教えてほしかった。
不器用だけど少しずつ進んでいく姿を、見ていてほしかったよ。

でも、私がお兄ちゃんに望むことは、きっとお兄ちゃんが私に望むことと同じだって信じたいから。きっと同じだよね。
だって兄妹だもんね。

貴方に今、伝えたいことは一つです。
お兄ちゃん。
大好きなお兄ちゃん。

「ありがとう」
「行こう。たつき達が待ってる」
「うん」
もう一度だけ振り返る。
「またね、お兄ちゃん」


織姫。 織姫・・・。
ありがとう、織姫。
俺の幸せを祈ってくれて。恩返しなんていらないよ。
お前が、俺の妹として生まれてきてくれた。それだけで充分だよ。




(・・・お兄ちゃん?)


懐かしい声に、呼ばれた気がして立ち止まる。

「どうした?」
「・・・・」
「井上?」
「・・・」

またねと言ったはずなのに、直ぐにでも会いたくなる。
そんな自分に、少し自嘲気味に笑った。
そんな時、手に優しい温かさ。

「!」
「行こう、井上」
「うん」

どうして人は、少しずつ忘れていくのだろう。
辛かった出来事を、身を裂くような悲しい気持ちが、消えることはなくても、鮮やかな記憶として残すことは出来ない。
少しずつ、少しずつ思い出に、なっていくんだ。


でもそれは、逝ってしまった人の、気持ちなのかもしれない。
たとえ鮮やかでなくても頭の片隅においてくれればいいと。
忘れてしまうことが、未来へと繋がるなら、どうか忘れてほしいと。
置いていってごめんね。
どうか、生きてほしいと。

直接聞いたわけじゃない。でも、きっと私も、そう思うと思うから。


お兄ちゃん。
貴方を亡くした悲しみは、消えることはないし、忘れたくないし、忘れてはいけないと思ってる。
でもね、私は悲しみをずっと抱えて歩けるほど、強くはないから。
時々は忘れてしまうほど残酷に、前に進んでいくと思う。
だけど、その強さは、お兄ちゃん。貴方がいたからあるんだよ。




「一護!織姫!」
「いっのうえさーん!!って、えぇっ!?何故に一護も一緒!?いや〜!!井上さんが一護に襲われる〜!」
「静かにして下さいますか?浅野さん」 「えぇっ!!今日も敬語なの!?」
「ヒメ〜!!私のヒメ〜!!一護に変なことされなかった〜!?」
「なっ!?人聞き悪いこと言うなっ!!」 「一護ぉぉぉっ!!ずるいぞ!!一人抜け駆けするなんて!!」
「うるせぇっ」
「ブハァッ!!チャド〜一護が苛めるよ〜」
「・・ム・・頑張れ」
「それだけ!?」
「全く、黒崎。少しは静かにできないのか?」
「俺かよっ。俺はうるさくねぇだろうが!」
「ほら。その声がうるさいんだ」
「ぐっ」
「大体、君はまず頭がうるさいんだから」 「この屁理屈野郎が」
「知的と言ってくれるかな」
「どこがだ!!」


お兄ちゃん。見えてますか?私の大切な人達です。
お兄ちゃんが私に見せてくれた、世界だよ。
お兄ちゃんがくれた、世界なんだよ。


「織姫」
「たつきちゃん」
「行こっか」
「うん」


空は快晴。
曇り一つない、青。
それは大好きな貴方のようで。
綺麗な貴方の心のようで。

そら。空。昊。


お兄ちゃん。今だけは、泣いてもいいかな。 だけどね私、一人じゃないよ。







生まれ変わるなら、もう一度君と一緒に生きたい。



fin


→ラテ*さん!ありがとうございました!もう本当に眼がウルウルと・・・。
この続き楽しみにしてます!
素敵な話をほぼ無理やりもらってしまってすみませんでした!
でも幸せ〜!
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ