頂き物

□この胸いっぱいの愛を
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たつきちゃん。

たつきちゃんの言う通りだよ。
本当はね、この日に一人でいるのが、とてもとても怖いの。
お兄ちゃんがいないということを、確認する日だから。一人は怖いということを、実感する日だから。


「お兄ちゃん。ここで会うのは久しぶりだね」


墓石に刻まれた、大切な人の名前
【昊】
慈しむように、そっと触れる。


「私、元気だよ。皆ね、私に優しいんだ。私、幸せ者だよね」

黒崎くんとたつきちゃんには、お兄ちゃんも会ったことがあるよね。あの日のお兄ちゃんは二人のことを傷つけてしまったけど、黒崎くんに助けてもらえたから。今なら、二人のことをわかってくれるよね。
二人とも、とっても優しいんだ。それから、千鶴ちゃん達に、茶渡くん、石田くん・・・。頻繁には会えないけれど、朽木さんや恋次くん、死神さん達・・・。
こっちの人は、私よりお兄ちゃんの方が、よく会うかもしれないね。
たくさんの人が、私の名前を呼んで、話して、優しくしてくれるんだ。
大好きだと思える人が、たくさん増えたんだよ。
これって、すごく嬉しいことだよね。


「だからね、大丈夫だよ私。淋しくなんかないよ」

お兄ちゃんがいた頃も、充分すぎるくらい幸せだったのに、今もみんながいてくれて幸せなんだ。
幸せの極限なんてわからないけど、これ以上無いって思えるくらいに。
今がとても楽しすぎて、この日の怖さを忘れてしまうの。
私ばっかりこんなに幸せで、罰が当たるよね。


「ねぇ、お兄ちゃんは・・・」

強く風が吹き抜ける。まるで言葉を遮るかのように。
その強さに、思わず目を瞑る。
風がゆっくりと遠ざかるのを感じながら、そっと目を開けた

「え・・・?」

一瞬、幻が見えたのかと思った。目に、飛び込んできたものは、この場にとても不似合いな色。
自分にとって何より大切で、世界で一番綺麗だと思える大好きな色。


鮮明な、オレンジ。


「黒崎くん・・・」




俺は、たつきが言った言葉を、頭の中でじっと考えていた。
考えていたから、水色の言った言葉なんて、ちっとも頭に入らなかった。

「と言うわけだから」
「は?何だって?」
「だから、一護に頼みがあるんだ」
「それはわかった。そのあと。何て言ったんだ?」
「うん。だからね、井上さんを迎えに行ってほしいんだ」
いつ?」
「明日」

意図が読めず、返す言葉が見つからなかった。
黙ったままでいると、そんな俺に気付いたのだろう水色が続けた。

「僕もわからないけど、有沢さんに頼まれたんだ・・・」
「たつきが?」
「うん。行けば分かるって言ってたよ」


(たつきか・・・)
思い浮かぶのは今日のあの時。
見た表情は、アイツには余りにも不似合いだった。
不似合いと言うより、見たことがないと言ったほうが、正しいのかもしれない。
それから、井上。
あいつも元気がなかったように思えた。

「おはよう、黒崎くん!」

いつもと変わらず、そう言って笑ってみせた顔は笑顔だったけれどどこか違ってて。
どこが、なんて俺自身も説明なんかできやしないけど。
たつきとは古い付き合いだ。アイツの変化ならある程度見抜けるし、その逆だ。
でも、人の変化に疎い俺がたつき意外の、ましてや女子の変化に気付くようになったのは、多分相手が井上だから。
俺にとって大切な人だからだと思う。


ふと、窓の外に目を向ける。昼間の重苦しい天気が嘘かのように、今は雲1つない。澄んだ水色と、透き通る様な飴色の夕日。


(・・そうか・・・)


そんな景色を見て、思い付く。
たつきの言葉も、井上の違いも、わかった気がした。

「・・わかった」
「あれ?えらく素直だね」
「理由わかったからな」
「そっか」

穏やかに呟くと、水色は何も言わなかった。
きっと水色はわかっていたんだと思う。たつきの頼みの理由とか、井上の元気がなかった事情とか、そういうことじゃなくて。
もっと深い心の部分。
これ以上、自分が立ち入るべきじゃないってこと。
さすがだと思った。


そのあとしばらく他愛のない話をして、お互いに「じゃあまたな」と言い掛けたところで、場所を伝え忘れていたらしい水色が慌てて教えてくれた。


「水色」
「うん?」
「ありがとな」
「どういたしましてって、言えばいいのかな?」
「おう」
「じゃあ、どういたしまして。また明日ね」
「おう」

通話の切れた携帯を持ったまま、もう一度空を仰ぐ。
水色と、飴色。
飴色は、アイツの象徴。水色はアイツの心、優しさの形。


アイツが確かに愛されていた証。


会いたくなった。無性に。


会いにいこう。
大事な、飴色に。

意気込んでみたものの、いざとなると中々足が進まない。

(つか、人ん家の墓にこの頭の色っていいのか?)

服はなるべく黒いものを選んできた。元々明るい色はそんなに好きではないから、何も難しいことはなかった。
だけど持って生まれたこのオレンジだけは、どうやっても変えようがない。
それに井上だって、いきなり俺が来たら驚くかもしれない。
今は一人でいたいかもしれない。
そう思うと、思わず足が止まった。
そうしてふと、思い出すのは、昨日のたつきの言葉。


「たまにはあの子だって、人前で笑えなくたって」
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