短編

□窒息命令
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手首を傷付けようとした剃刀をトンファーで弾かれる。

腕に爪を立てようとしていた手首を握られる。

自分自身を責め立てようとしていた唇を乱暴に塞がれる。



全てが不発。
全てが失敗だった。




「なにがしたいんですか、雲雀さん」

「君こそ何がしたいの」



私を睨む切れ長の瞳。その綺麗な瞳には確かに静かな怒りが滲み出ていて、ますます彼の気持ちが窺い知れない。
私の全てを見透かそうとしているようで、私の中身がぐちゃぐちゃにされているような錯覚。ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられているような錯覚。思考が鈍る。



「どうして止めるの、雲雀さん」

「目障りだからだ」

「どうして私に構うの」

「思い上がるな、別に君になんて興味がない」

「どうしてそんなに悲しい顔をするの」

「僕は悲しい顔なんてしてない」



泣きそうな顔をしてるのは君の方だ、と彼は元々あった眉間の皺を更に深める。ああ、そんな顔をしたらその綺麗な顔にずっと皺が残りますよ。そんな表情も綺麗なのですが。
彼の右手がやや乱暴に私の頬を撫でる。私の目元。まるで涙を拭っているようだった。私は泣いてなんていない。



「君はいつまでこんなことを続けるの」

「もう一回だけ」

「その言葉は聞き飽きた。君の一回は何日分のことなの」



わかりません。自分のことなんて。
涼しげな目元が少し釣り上がる。口を子供のようにきゅっと真一文字に結ぶ。
綺麗な彼。優しい彼。美しい彼。
それに比べて私のなんと醜く浅ましいことか。
私に叫ばせてよ。甘えさせないで。罵って。突き放して。そうしたらきっと夢から覚めるから。



「だってなんにも見えないんです。きっともうすぐ何か見えるんです」

「見えないよ。こんな行為に意味はない」

「頭の中は声が溢れてて、なんにも聞こえないんです」

「耳を塞ぐな、逃げるな」

「ねえ、雲雀さん。私は――」

「うるさい」



再び噛みつくように口付けが降って無理矢理言葉を遮られる。口内を蹂躙される荒々しいものなのに、慰められている気分になる。
やめてよ、私は傷付かなくてはいけないのに。



「雲雀さん、雲雀さん、くるしいです」

「そう」

「私が私じゃなくなるんです」

「そう」

「怖い。恐ろしいんです」

「そう」



紡いだ言葉なんて信じられない。自分の言葉を信じられないのに他人の言葉を信じられるわけがない。
人なんて愛せない。そんなものは詭弁だ。欺瞞だ。偽善だ。ただの自己満足でただの自己嫌悪。



「自分の手首を見て何も感じないのかい」

「なにも」

「自分の体のあちこちにある爪痕を見て何も感じないのかい」

「これっぽっちも」

「その頬にある涙の跡を見たことがあるか」

「そんなものありません」



私は泣いてなどいないのです。
呟いた言葉は声になっただろうか。わからない。
目の前には彼の白くて綺麗な首。自由になった私の両手はそこにすがり付くように宛がわれた。



「これは呼吸と同じなんです。してないと私は生きていけないんです」



自身の首に巻き付いた私の手をゆっくり解いて。私の背中に手を回して自分の方に引き寄せた。自然と私の体は彼の腕の中に収まった。
強張った体に気付かない振りで私の腰と後頭部を更に引き寄せられる。私の額が彼の肩に当たる。私の視界は彼が羽織っている学ランで真っ暗になる。



「だったら呼吸なんてするな。窒息して死ね」



また重なったら口付けは先程と違って触れるだけだった。壊れ物に触るように触れて、離れる。
彼は何も言わない。ただ私を見つめ続ける。闇のように深いその瞳に、私が映り込んでいる。

頬に温かい感触。そこで私は気が付いた。





嗚呼、私は泣いているのだ。








窒息命令




(どうなってもいいんです)(僕のために窒息しろ)

(おやすみなさい)



song by 「ローリンガール」

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