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□猫の恩返し
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「なぁんで雨なんか降ってきちゃうのかなぁ、も〜」


傘持ってきてよかったよ〜、と呟きながらくるくる回す。

じめじめと肌に気持ち悪い。
もう、早く帰ろう。


みゃー。


「ん?」

この声は、猫?



みゃー。



いやいや、俺さま猫なんかに構ってる暇ないんだよー。



みゃー。


また今度ね〜、猫チャン。



みゃー。




…。
…あー、判った判った。
そんなに呼ばれたら、無視しづらくなるでしょーよ。



俺さまは隣を過ぎかけた段ボールに近づく。
中に、少し震える茶色の猫。


俺さまはため息一つ、段ボールの前にしゃがんで傘を肩にかけ、両手で持ち上げる。



ち、オスか。


いや、別にメスだからって何も起きないけど。


「捨てられたんだ?」


みゃー。


「寂しかっただろ」


みゃー。


「もー大丈夫だから……って、何言ってんだ、俺さま」


独り言って…ねぇ。

虚しいんだけど。


みゃー。


「何?なんか文句ある?」


小首を傾げて見つめられても、何も出ないよー。



「…今暇なんだろ?ちょっと付き合え」


俺さまは猫を抱いて立ち上がった。

公園のベンチは…濡れてるか。

…つーか、お前も濡れてんじゃん。
あーあ、服がびしょびしょ。


…じゃ、公園のベンチでいっか。
どーせもうずぶ濡れだし。






公園のベンチに座ると、雨のせいで人影が全くないこの場所が何故か凄く心地よかった。


「俺さまさぁ、ハニーと喧嘩しちゃったワケよ」

突然話し始めた俺さまを、腕の中から見上げる猫。

みー?


お、話聞いてくれる?


「聞いてよー、ハニーったら酷いんだよー」




馬鹿らしいとか頭の隅では思ってるんだけど、不思議と言葉が後から後から喉をついて出てくる。

猫は鳴き声一つ漏らさず、じっと俺さまの話を聞いていた。


ひゅうっと風が吹き、傘が飛んでいく。



ま、いっか。
どーせ、濡れてるし。

…それに。


ガラにもなく涙なんか出ちまった…。



ほんと、雨って…。


みー。


「あ、おいっ」



突然俺さまの腕から滑りおりた猫。
目で追っていくと、真っ赤な服が瞳に飛び込んできた。


「…何してんだよ、こんな所で」
「それ、俺の台詞」
「…」
「…悪かったよ」



俺さまは俯き気味だった顔を上げた。
びっしょり濡れたハニーが、俺さまの傘を持って立っていた。


彼は俺さまの隣に座り、傘を傾けてくれた。



「風邪、引くぜ」
「ハニーに関係ないでしょ」
「…ゼロス、まだ怒ってんの」


悪い?
俺さま、けっこー根に持つタイプよ?


「なぁ、ゼロス。…その、言い訳するつもりはないけどさ…。…あれは事故で…」
「うん、知ってる」
「で、その……ゼロス?」
「うるさいなぁ。今俺さまの顔見ないでくれる?」

覗き込もうと動いたハニーに、俺さまは目をこすりながら言った。


涙が溢れて、止まらないんだ。



「…その、ごめ…」
「もういい」
「え?」
「もー、いいから」


謝らないでよ。
そんなにされたら、俺さまが悪いみたいじゃん。



暫く沈黙が続いた。


そっとハニーが肩に手を回してくれる。
俺さまは素直に彼に身を預け、静かに泣いた。


ただ悲しかっただけじゃない…と思う。

多分、“事故”なのは嘘じゃないんだ。



「…猫に、お礼言わなきゃ」
「え?」
「…何でもない」





彼は、もうそこにはいなかった。


…ありがとな。




→あとがき
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