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□15.出逢い さん
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「あ…、あの」
「え、あ…はい?」


少し入り組んだ細道を行くと、小さな喫茶店がある。
老舗の構えの喫茶店は、芸能人達が安心して通える場所。
そこには一般客は来ない。
芸能人御用達だから。


だから私は、彼とゆっくりお話したくてその喫茶店に呼んだ。
ある、日曜日の事。



「あ、いや…。…知らなかったな、こんな所があるなんて」
「えぇ、…他の人には内緒ですよ?」
「判ってる」


ロイドさんはにこりと笑って言ってくれた。
とっても素敵な笑顔。

やっぱりこの人…かっこいい、かも…。


「ありがと」
「あ、いや…その、な、なんか頼まない?腹減っちゃって…っ」
「え?あ、あぁ、ごめんなさい気付かなくて…っ!…えっと、コーヒーとか大丈夫ですか?」
「あぁ」



私は店員さんに紅茶と、彼の為にコーヒーとパンを注文した。

暫くして、全て運ばれてきた時、私は口を開いた。


「ロイドさんは、お仕事大変だと思った事ありますか?」
「え?仕事?…そうだなぁ…。ないと言えば嘘になるな」
「…ですよね」
「いきなりなんだよ?」


私は紅茶を一口飲んで、水面をぼんやりと眺めた。

「『芸能人は楽してお金が稼げるからいいね』と、皆に言われるので…」
「…そっか」
「私、小さい時からずっと芸能界で育ってきたので、普通の方々がどうやって生計を立てているのか判らないんです」


彼は押し黙った。
そりゃ、そうだよね。

いきなりすぎるもの。


「お前も俺達も、一緒だと思うぜ?」


彼の声を聞いた瞬間、私はティーカップから目を離して彼を見た。
彼は、にこりと笑って続けた。


「俺もお前も、誰か人の役にたってる。それには、なにかしら苦労が必要なんだ。だから、多少は違えど“楽”にできる仕事なんて、ない。楽にできるものなんて、“仕事”とはいわない…と俺は思うぜ?」


そう言って彼は私の頭を撫でてくれた。

辛かったろ?って、慰めてくれた。


涙が、何故か流れて流れて、止まらなかった。


「な、泣くなって…っ」

彼は私の頬に手を添え、指で涙を拭ってくれた。
私の事、少しは好意の目で見てくれているって思ってもいいのかな…。



「…ロイド、さん」
「ん?」
「私…、…っ…や、やっぱり何でもない、です…」
「あ、…えっと、じゃあ俺からひとついいかな」


手を離した彼が、ふわりと笑う。
不覚にも、次に貴方の口から紡がれる言葉が“告白”だったらいいのに、と都合のいい妄想をしてしまう私。


…え、ちょっと待ってよ…。

私、おかしい…。



「敬語、使わないで?」
「…あ、あ、ごめんなさい」


…なんなのこの気持ち。
胸が、苦しい…。


「顔、赤いよ?…大丈夫?」

ふいに、額に彼の冷たい手があたる。

注文をする際に店員さんが持ってきてくれた水の中の氷が、からんと音を奏でた。



「ちょっと、熱いかも」
「あ、あの、私体温高いの…っ」
「そ?まぁ、大丈夫ならいいけど…」


すっと手を引っ込めて座りなおす彼。
紅茶に微かに映る自分は、弛緩しきっていた。

「…あ、ああっご、ごめん俺また変な事…っ!?」


顔をあげると、わなわなと慌てだす彼。

「え、あの…気にしないで。…嬉しかったの」


ぴたり、と彼の動きが止まる。
急に視線を私から外して、居心地悪そうに斜め下に移した。

…へ、変な人って思われたのかな…。
そ、そりゃそうだよね。
恋人でもない女にそんな事言われても、困るだけだもん。

…。



「「あ、あの…っ」」

重なる声。
ただ、それだけの出来事なのに、こんなにも幸せに似た気持ちを得られるなんて…。

「何?」
「いえ、お先にどうぞ」


彼が口籠もる。
心臓が早鐘のように煩くて、呼吸がしづらくなる感覚。

「…また、会えないかな…?」


…え?


「…あ、いや、やっぱいいや」
「あ、会えますっ!」


気がつくと、私は立ち上がって大声を出してしまっていた。
ロイドさんが、びっくりしたようにこちらを見ている。

急にかぁって、それはもう顔から火が出るんじゃないかってくらい熱くなって、がたんと椅子に座る。


「…会って、くれる?」
「…うんっ」
「ありがと。俺、基本土日も出勤してっから、あんま会えないかもしんねーけど…」
「…うん」
「でも、必ず、また会おう」
「…メールとか、欲しいな」
「あぁ、勿論」


そして二人で、笑い合った。
少し、恥じらいも含んで…。

でも、別れの時間が迫ってきて。


「…そろそろ行かなきゃ…」
「…あ、仕事?頑張れよっ」
「うん。……行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい。応援してる」
「ありがと。頑張るね」


私は会計を済ませて店を後にした。






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