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□13.出逢い いち
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私は帽子を深々と被って、サングラスをかけて、人の波にのまれながら進んだ。

こんな時に渋滞なんて、信じられない…っ


はぁっとため息をついて顔をあげると、ふと、目を奪われた。

初めて貴方を見たのは、人通りの激しい休日の商店街。
あんなに人が沢山いたのに、何故だか遠くの貴方だけに“特別”を感じた。

見とれてしまっていたんだ。



…だから、お兄さん達にぶつかっちゃったんだと思う。

「姉ちゃん、どこに目ぇつけてんだよっ!?」
「あんちゃんの服が汚れちまったじゃねぇかっ」
「ご、ごめんなさ…っ」
「『謝ったら全て許される』なんて思ってねぇよな?」


乱暴に手を掴まれた。
容赦などカケラもなく、手首がズキンと痛む。

ずいっと引っ張られていく途中、何故か貴方と目が合う錯覚がした。
とても綺麗な瞳だった。


私がぶつかった相手は、運が悪くこの辺では結構有名なヤンキーで、助けを呼んでも皆無視。
薄情な事この上ないが、私が第三者だったらそうするだろうから文句は言えない。


路地裏に連れていかれた私は、壁に押し付けられてサングラスが落ちた。



「ん?よく見たら、お前ゼロスか…?」
「…あ、ち、違…」
「芸能界のお嬢様が、こんな下界に何の用だ?」
「や、やめて下さ…っ」


気持ち悪い。
全身をまさぐるような悪寒に苛まれた。

色々覚悟した時に、突然飛び込んできたのは貴方。


「その人を離せっ!!」
「あぁ?何だお前」
「聞こえなかったか?その人を離せ!!!」

数人に私を押さえ付けさせ、私の身体を触っていた男がたった一人で勇敢に立ち向かった貴方の方に歩いていく。
私を押さえている人達が、くすくすと笑っている。

怖い。


「お前、ヒーローでも気取ったつもりか?」
「誰がするかよ、そんなボランティア。ただ、胸糞悪いんだよ。…それだけだ」
「へぇ、正義の味方って奴かい。だけどあんた、一人で大丈夫かぁ?」
「あんたこそ、逃げるなら今のうちだぜ?」


ぴくりと眉が動いた。
完全に怒らせたよ、あの人…。

「や、やめてっ」
「お前は黙ってろ」
「痛っやだ、離してぇ!!」


髪の毛を乱暴に引っ張られた。
でも、抵抗はやめない。
止めなくちゃ、彼を…。
巻き込んじゃ、駄目。



「ねぇ、貴方は私が気に食わないんでしょう?彼は関係ないわ。だから帰してあげてっ」
「何言って…」


彼の綺麗な瞳が見開かれた。
男はくつくつと笑い、こちらに歩いてくると私の頬を撫でた。



「じゃあゼロスちゃん。俺を愉しませてくれよ」
「…っ」
「そ、そんな話乗るなっ!!」
「お前、もう行けよ。邪魔」
「んの野郎っ!!!」


鈍い音がした。
その後に、人が倒れる短い音。
彼が男の腹部を殴ったのだ。

私を掴んでいた男達は彼に睨まれて小さな悲鳴をあげ、倒れた男を担ぐと一目散に逃げていった。



「大丈夫?」
「なんで、…あんな事したのよ…」
「え?」
「貴方、この先ずっと命を狙われ続けるかもしれないのよっ!?」


私がこんなに必死で言ってるのに、彼は笑顔でこちらに歩んでくる。

「構わない。…また倒せばいいさ」
「…おかしな人。とってもお馬鹿さん」
「はは、言われ慣れてる」


ふわりと、服が両肩にかけられた。
彼の香りが鼻孔を掠める。


「無事でよかった」
「あ…ありが、と…」



ふいに抱きしめられ、つい反射的に押し返してしまう。


「…や…っ」
「あ、ああ、ご、ごめん…っ!!!あの、急に抱きしめたくなって…、えっと、名前聞いていいかな…」
「私を知らないの?」
「あああごめんっ、もしかして知り合いっ!?」



深々と頭を下げ、先程の強気な彼が嘘のようだ。
私は思わず笑ってしまった。


「知り合いではないんだけど」

外を歩いていて注目を浴びなかった事がなかった。
自意識過剰なのではなく、本当に。


だから、こんな対応をされるのは新鮮だ。

「私、ゼロスっていいます。…えと、一応…名刺名刺…」

財布から取り出し渡すと、丁寧に受け取ってくれ、「あ、俺も」と自分の名刺を取り出し、すっと差し出される。

有名な会社の重鎮さんだった。


名前は…ロイド・アーヴィング…?

「な、なぁ、一つ聞いていいか?…その、レザレノ芸能事務所って、あの有名な…?」
「…え、あ、有名かどうかはちょっと判らないんですけど…」
「じゃあお前まさか、芸能人っ!?つーか、ゼロスって聞いた事ある。確か皆言ってたような…」

ああ、この人は本当に私の事知らないんだなぁ。
…何だか、楽しい。


「あ、もう行かないと…。あの、助けて下さってありがとうございました」
「いや、それくらい全然いいんだけどさ」
「今度お礼させて下さい」
「お、お礼っ?い、いいよそんな…」

持っていたショルダーバッグから小さなメモ用紙を取り出し、アドレスと電話番号を書き込んで渡す。
ロイドさんは戸惑いながらも受け取ってくれた。


「時間に余裕が持てる日が判ったら連絡下さい。…待ってます」

そう言い残して、私は本社に走った。





最初(はじまり)は、ここからだった。




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