.

□10.波瀾 そのいち
1ページ/2ページ



商店街が、いつもよりがやがやと煩くなる。
それは、ゼロスのせい。


「ね、あの人ってゼロスじゃない?」
「わ、ほんとだ。握手してもらおーよ」
「サインとかいいかなぁ」


色々な声と瞳が、一気に俺の隣へと集まる。
ゼロスはそれに気付いているのかいないのか、颯爽と歩いていく。


「あ、あのっ」

目の前に、男の子が立っていて、ゼロスを見て顔を赤くした。

「ゼロ姉だよな?」
「へ?私?」

目をまるくするゼロスを余所に、男の子は話し出す。

「お、おれと結婚してくれっ」
「…はい?」
「おれ、幸せにするから」
「ちょ…、待ってよ、君は誰かな?」


ゼロスはとても戸惑っていた。
だから俺が男の子の前に立って、話しかけた。

でも、俺の事なんて、まるで眼中にない。


「なぁ、いいだろゼロ姉」
「あう…、えと…」

ゼロスが俺の服の裾を掴んだ。

「…ろいどぉ、たすけて…?」


耳元で囁かれて、心臓がどくんと跳ねた。

ああああやばい。
やばいやばいやばい。


「残念だけど坊や、ゼロスは俺と結婚してるから」
「は?あんた誰!?」

やっと俺の存在に気付いたような顔して、やたら俺を睨みながら男の子が声をあげた。
突然の豹変ぶりに、ゼロスの握る手に心なし力が篭った。


「俺は、ロイド・アーヴィング。こいつの夫だ」
「は、恥ずかしいよぉ…」

なんて囁くゼロスを襲いたくて襲いたくて、でも我慢。
こんな所で理性を忘れたら、週刊誌が黙ってないだろう。

…この状態も随分と危ないが。


「てめ、俺と勝負しろっ」
「は?」
「勝った方が、ゼロ姉に相応しい男だ」



冗談じゃねぇ。
負けたら離婚させられんのか、これ?

絶対嫌だね。

…いや、こんな餓鬼相手なら、何やっても負ける気がしないんだけどさ。



「かかってこいや」
「ちょ、ロイド!?」
「大丈夫だって。お前に相応しいのは俺だって証明してくるだけだからさ」

くいっと裾を引っ張るゼロスの耳元で甘く囁くと、彼女は真っ赤にして俯く。


「…頑張ってね、ろいど」
「あぁ。俺が華麗に勝利すんのをしっかり見とけよ」
「…うんっ」

ぎゅうっと背中から抱きしめられた。

あわわわ
だからだから、駄目なんだってばゼロスっ


週刊誌とか週刊誌とか週刊誌とかさぁ、お前一応有名人なんだからさぁ。

つか週刊誌の前に、俺の理性がああぁぁあぁ!!!



「この野郎っ、見せつけんなぁっ!!!ゼロ姉に抱きしめられてへらへらしてんな、キモイっ」
「んだと馬鹿餓鬼いぃぃ!!!!」
「ろ、ロイド駄目だってばっ」


ゼロスが慌てて抑えようとしてくれてるけど、もう無理。
だってさぁ、こいつ大人を馬鹿にしやがったんだぜ?

…許さねぇっ!!!



「明日、シンフォニア幼稚園の裏にある公園に来て。ゼロ姉もちゃんと来てね。勿論、離婚届も忘れるなよっ」


んの野郎おぉぉっ!!!!

絶対泣かせてやるっ


「誰が持ってくるかよ。勝つのは俺だ」
「はっ、せいぜい吠えててよ」
「…っ離せゼロス、もう無理っ!!俺は耐えたぜ!?喧嘩吹っかけてきたのはあっちだっ!!!」
「だめぇ、ロイドくんっ!!」



ぜいぜいと荒息をはく俺。
頭に血がのぼり過ぎた。


「ね、今日は帰ろう?」
「…あぁ」
「じゃあな、ゼロ姉」



手を振って去っていく後ろ姿。
あれほど憎たらしいチビ、初めて見た。

「…ロイド」
「あ…?」
「頑張ってね。私も…ロイドじゃなきゃ、やだよ?」


無邪気に微笑むゼロス。
多分こいつは、俺を信じてくれている。

どんな勝負を挑まれるのか知らないけど、負けらんねぇ。



待ってろよ小僧。

必ずぎゃふんと言わせてやる。





→あとがき
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ