.

□09.貴方あっての…
1ページ/2ページ




『悪ぃなゼロス、残業あるから遅くなる』
「…うん。無理、しないでね」
『あぁ、さんきゅー』


彼の言葉を合図に受話器を耳から外し、暫く立ち尽くしていた。

彼は少し、無理をしすぎだ。
やたら残業が多くなった最近は、よくそう思う。


家計とか、給料とか、生計をたてていくには大事なのかもしれないけど、貴方が倒れたら意味ないもの。



身体は、機械みたいに万能じゃないのよ。
壊れたら直せばいい、なんて簡単にはいかないの。

だから、程々にしてほしい。


…けど、家族の為にあんなに必死に働いてくれてる貴方に「仕事休め」なんて、とても言えない。



「おかーさん、泣いてるの?」
「…え?」


い、いつの間に…?

クルミが兎を抱いたまま見上げてくる。


なんでこんなモノ、流れてくるのよ…馬鹿。


「な、何でもないの」
「うそつき」
「か、カイト…っ!?」
「どーせロイドだろ。最近、アイツ帰るの遅ぇし」


苛々したカイトの声のその敵意は全て、この場にいないロイドに向けられている。

違うの、…彼は悪くないの。


「カイト違うわ」
「違わねぇよ。俺、知ってんだからな。最近のかーさん、すっげー無理して笑ってんだ」
「違うの、おとーさんは、しょうがないの」
「しょうがない?しょうがないって何だよ。何の言い訳だよ。『しょうがない』って、かーさんが無理をする事なのかよ!?それも『しょうがない』事なのか…っ!?」



がくんと崩れた身体を、クルミが駆け寄って支えてくれた。
頬に、次から次へと涙が落ちていく。


「かーさんはさ、もうちょっと自分の意見も言うべきだ」
「にぃ、おかーさんを虐めちゃ駄目だよ」
「クルミは黙ってろ」
「…ひ…っ」


きっと睨まれて、クルミの肩が震えた。

そうだよね、コワイよね。


かーさんも、こんなカイト初めてだもの…。



「おとーさんも、頑張ってるんだよ。カイト、確かに自分の意見を出す事は大事だよ。でもね、我慢も大切なんだよ?」
「判んねぇよ。…オレはかーさんが心配なんだよ。ご飯だって、最近まともに食べてねーし。…ロイドに振り回されてんじゃねぇかって…」
「そんな事ないっ」


発言を妨害されたカイトは、びっくりしたようにこちらを見た。

初めてこんなに大きな声出したかも。


ふるふると震えるカイトを抱き寄せて、頭を撫でてあげる。

まだこんなに小さいのに、カイトは立派だね。



「ごめんなさい、大声出して。…でもねカイト、おかーさんは今のままで十分幸せ。ロイドがいて、クルミがいて、…そして、貴方がいる。だからね、『振り回されてる』なんて思った事一度もないし、これからも、そんな事一度も思わない」
「…かーさん」
「ありがと、カイト。貴方はとっても優しい子ね。きっと、素敵な人になれるわ」


顔を見合わせて、互いに涙目なのに思わず笑ってしまう。

カイトってば、可愛い。



ばん。


玄関から大きな音。

同時にどたどたと走る音が近づき、息を切らしたロイドくんが姿を表した。


…あれ?
残業なんじゃ…。



「ごめんゼロス」


ぎゅうっと抱きしめられる。
突然の事にびっくりで、何がなんだか…。

「…あの、ロイドくん?」
「ごめん、ごめんな…」
「…えと…」


「寝よ、クルミ」
「…えぇ?」
「ほら、もうこんな時間」



ぐいぐいとクルミを引っ張ってリビングを出ていくカイト。
振り返って、小さくピースしてくれた。

彼なりの配慮なのだろう。


「ごめんな、辛い思いさせて」
「何言ってるのロイド。私、辛くなんか…」
「受話器から、全部聞こえた」

はっとなり振り向く。
受話器は、ぶらんと宙に浮いていた。


「無理してんのは、俺じゃなくてお前だろ」
「…違…」
「違わねぇ。カイトの言葉で判ったんだ。アイツの言葉は全部、…受話器の向こうにいた俺に言っていたんだよ。アイツ、俺が話聞いていた事を知ってたんだ」


ロイドの声は自分を戒めていた。
私は、それに気付いて尚、気の利いた言葉ひとつかけてあげられないんだ。

奥さん失格だよね。

とっても、悔しいよ…。


「ゼロス、俺これからは…」
「駄目」


彼の言おうとしている事は、言ってはいけない、言わせてはいけない言葉。

「駄目だよ、ロイド。私なら、大丈夫」
「…でも…っ」
「信じて?」


私の言葉で、彼は黙った。
この一言は、とっても重みのある言葉。


「私、貴方の為に毎日暖かい場所を用意して待ってる」
「…ぜろ…」
「ね?」



彼が私から離れた。
涙目になってる彼は、多分久しぶりに見たのかなぁ。


「それが私の役目であり、心から貴方にしてあげたい事であり、唯一“私だけ”ができる事」
「あぁ、…お前にしかできねぇな」
「でしょ?」


直後、また抱きしめられた。


「これからも、よろしくな?」
「うん」



貴方が私を必要としてくれるから、私は何でも頑張れる。

ロイド、
愛って、凄いのね。



「ロイドくん、だぁいすき」
「え、いきなり何?」
「だからぁ。好き、好き、大好きだよ」
「…あのなぁ、そーやって俺を挑発して楽しい?」


ロイドが私から離れる。

「そんな可愛い声で言われたら、…色々と反応するんですけど」
「ロイドのスケベ」
「な!?誰のせいだよっ」


慌てて反論するロイドがとっても可愛くて。



「一回だけなら、いいよ?」


囁くように告げると、彼の瞳が輝いた。



「さんきゅーゼロス」

優しく優しく、倒される身体。
おでこにキスされ、これから始まる事に無意識に身体が震えた。



愛してるよ、ロイド。





→あとがき
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ