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□09.貴方あっての…
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『悪ぃなゼロス、残業あるから遅くなる』
「…うん。無理、しないでね」
『あぁ、さんきゅー』
彼の言葉を合図に受話器を耳から外し、暫く立ち尽くしていた。
彼は少し、無理をしすぎだ。
やたら残業が多くなった最近は、よくそう思う。
家計とか、給料とか、生計をたてていくには大事なのかもしれないけど、貴方が倒れたら意味ないもの。
身体は、機械みたいに万能じゃないのよ。
壊れたら直せばいい、なんて簡単にはいかないの。
だから、程々にしてほしい。
…けど、家族の為にあんなに必死に働いてくれてる貴方に「仕事休め」なんて、とても言えない。
「おかーさん、泣いてるの?」
「…え?」
い、いつの間に…?
クルミが兎を抱いたまま見上げてくる。
なんでこんなモノ、流れてくるのよ…馬鹿。
「な、何でもないの」
「うそつき」
「か、カイト…っ!?」
「どーせロイドだろ。最近、アイツ帰るの遅ぇし」
苛々したカイトの声のその敵意は全て、この場にいないロイドに向けられている。
違うの、…彼は悪くないの。
「カイト違うわ」
「違わねぇよ。俺、知ってんだからな。最近のかーさん、すっげー無理して笑ってんだ」
「違うの、おとーさんは、しょうがないの」
「しょうがない?しょうがないって何だよ。何の言い訳だよ。『しょうがない』って、かーさんが無理をする事なのかよ!?それも『しょうがない』事なのか…っ!?」
がくんと崩れた身体を、クルミが駆け寄って支えてくれた。
頬に、次から次へと涙が落ちていく。
「かーさんはさ、もうちょっと自分の意見も言うべきだ」
「にぃ、おかーさんを虐めちゃ駄目だよ」
「クルミは黙ってろ」
「…ひ…っ」
きっと睨まれて、クルミの肩が震えた。
そうだよね、コワイよね。
かーさんも、こんなカイト初めてだもの…。
「おとーさんも、頑張ってるんだよ。カイト、確かに自分の意見を出す事は大事だよ。でもね、我慢も大切なんだよ?」
「判んねぇよ。…オレはかーさんが心配なんだよ。ご飯だって、最近まともに食べてねーし。…ロイドに振り回されてんじゃねぇかって…」
「そんな事ないっ」
発言を妨害されたカイトは、びっくりしたようにこちらを見た。
初めてこんなに大きな声出したかも。
ふるふると震えるカイトを抱き寄せて、頭を撫でてあげる。
まだこんなに小さいのに、カイトは立派だね。
「ごめんなさい、大声出して。…でもねカイト、おかーさんは今のままで十分幸せ。ロイドがいて、クルミがいて、…そして、貴方がいる。だからね、『振り回されてる』なんて思った事一度もないし、これからも、そんな事一度も思わない」
「…かーさん」
「ありがと、カイト。貴方はとっても優しい子ね。きっと、素敵な人になれるわ」
顔を見合わせて、互いに涙目なのに思わず笑ってしまう。
カイトってば、可愛い。
ばん。
玄関から大きな音。
同時にどたどたと走る音が近づき、息を切らしたロイドくんが姿を表した。
…あれ?
残業なんじゃ…。
「ごめんゼロス」
ぎゅうっと抱きしめられる。
突然の事にびっくりで、何がなんだか…。
「…あの、ロイドくん?」
「ごめん、ごめんな…」
「…えと…」
「寝よ、クルミ」
「…えぇ?」
「ほら、もうこんな時間」
ぐいぐいとクルミを引っ張ってリビングを出ていくカイト。
振り返って、小さくピースしてくれた。
彼なりの配慮なのだろう。
「ごめんな、辛い思いさせて」
「何言ってるのロイド。私、辛くなんか…」
「受話器から、全部聞こえた」
はっとなり振り向く。
受話器は、ぶらんと宙に浮いていた。
「無理してんのは、俺じゃなくてお前だろ」
「…違…」
「違わねぇ。カイトの言葉で判ったんだ。アイツの言葉は全部、…受話器の向こうにいた俺に言っていたんだよ。アイツ、俺が話聞いていた事を知ってたんだ」
ロイドの声は自分を戒めていた。
私は、それに気付いて尚、気の利いた言葉ひとつかけてあげられないんだ。
奥さん失格だよね。
とっても、悔しいよ…。
「ゼロス、俺これからは…」
「駄目」
彼の言おうとしている事は、言ってはいけない、言わせてはいけない言葉。
「駄目だよ、ロイド。私なら、大丈夫」
「…でも…っ」
「信じて?」
私の言葉で、彼は黙った。
この一言は、とっても重みのある言葉。
「私、貴方の為に毎日暖かい場所を用意して待ってる」
「…ぜろ…」
「ね?」
彼が私から離れた。
涙目になってる彼は、多分久しぶりに見たのかなぁ。
「それが私の役目であり、心から貴方にしてあげたい事であり、唯一“私だけ”ができる事」
「あぁ、…お前にしかできねぇな」
「でしょ?」
直後、また抱きしめられた。
「これからも、よろしくな?」
「うん」
貴方が私を必要としてくれるから、私は何でも頑張れる。
ロイド、
愛って、凄いのね。
「ロイドくん、だぁいすき」
「え、いきなり何?」
「だからぁ。好き、好き、大好きだよ」
「…あのなぁ、そーやって俺を挑発して楽しい?」
ロイドが私から離れる。
「そんな可愛い声で言われたら、…色々と反応するんですけど」
「ロイドのスケベ」
「な!?誰のせいだよっ」
慌てて反論するロイドがとっても可愛くて。
「一回だけなら、いいよ?」
囁くように告げると、彼の瞳が輝いた。
「さんきゅーゼロス」
優しく優しく、倒される身体。
おでこにキスされ、これから始まる事に無意識に身体が震えた。
愛してるよ、ロイド。
→あとがき