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□08.運動会そのさん
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「すまぬ、遅れた」
「あ、いえ。…お昼は?」
「いただこう」

ロイドとカイトがテントから出ていった後、本当に漸く、クラトスさんが到着した。

余ったものを適当に紙皿にいれ、割り箸と一緒に手渡す。


「…トマ…」
「あ、す、すいませ…。…もしかして、クラトスさんもトマト苦手なんですか?」
「…好きではない」
「へぇ…」

やっぱ、親子だなぁ。
そういえば、カイトもトマトが嫌いなんだっけ。


「あ、カイト達だ」
「…大きくなったな」
「そういえば、久しぶりに見たんですよね。…この娘は初めてでしたっけ?」
「あぁ、そうなるな」

兎のぬいぐるみで遊ぶクルミの頭を撫でつけながら問うと、クラトスさんはクルミに目を向けた。


「…」
「あ、この娘はクルミです」
「…そうか」
「クルミ、この人はクラトスさん。クルミのお祖父さまだよ」


クルミは兎から目を離し、クラトスさんを見上げてにこりと笑う。

「おじーちゃん。とまとさん食べないと悪い子になっちゃうんだよ〜」
「…おじーちゃん、か」


そう呟いて目を細めたクラトスさんは、いつもより優しい表情をしていた。

「遊ぼ」
「私と、か?」
「うん」


クルミはレジカウンターのおままごとセットを取り出し、小さなカゴと諸々の商品とお金をクラトスさんに渡して、微笑む。

「おじーちゃんは、お客さん」
「…フ、いいだろう」
「おかーさんは、おじーちゃんの奥さん」
「え?おかーさんもするの?」


当たり前でしょ、と頷くクルミを見て、はぁっとため息をつく。
我が子の可愛いお願いを、傷つけずに断る術を知らないため、仕方なく参加。


「しんこんふーふのおじーちゃん達は、二人で仲良く買い物に来ました。…はい、おじーちゃん台詞」
「せ、せりふ?」
「適当に言ってあげて下さい」

耳打ちすると、流石はクラトスさん、少し考えて言葉を紡ぎだす。


「…今晩は何だ?」
「え?あ、はい。お夕飯でしたら、シチューにしようかと」
「シチューか。それはいいな、楽しみだ」


喋りながら、小さなカゴにシチューの食材を入れていく。
…といっても、完全に揃える事は不可能なので、そこは色々ごまかす事に。

「いらっしゃいませー」
「こんにちは」
「お客さん、今日はふーふでお買い物ですか?熱々ですねー」

「…どんな教育をしているのだ…」


クラトスさんの呟きに冷や汗を感じつつ、適当に相槌をうつ。
そのまま、スーパーの店員と客とは思えない程話が盛り上がってしまった。

「じゃあ、お二人共とっても幸せなんですねー」
「あぁ」
「私、この人なしじゃ生きていけないもの」


どさ。

何かが落ちる音がした。
何だろうと振り返ると、参加賞であるサランラップを落としたロイドが呆然と私達を見ていた。


「あら、お帰りなさい」
「ぶー。奥さん、愛人さんですかー?いけないんだー」
「…愛人?」
「え?ち、違うのロイド。これは…」
「そっか、ゼロスとクラトスはそういう関係だったんだな」
「え、あの、…」
「誤解だ、ロイド」


何故かふるふると震えているロイドの隣で、追い撃ちをかけるようにカイトが登場。

「あ、久しぶりだね。じーちゃんがいるって事は、かーさん電話してくれたんだ」

「電話?…そーか、判った。お前らやっぱり…」
「全然判ってないでしょ」
「ロイド、頼むから間違った方向に話を持っていかないでくれ」


ロイドはくるりと踵をかえし、無言で去っていく。

「あ、ま、待ってよロイドっ」


慌てて靴を履き、彼の後を追っていく。
最近運動してない為、すぐに息切れしてしまう。

「…ロイド」
「何だよ」


外れにある路地裏で、ロイドは背もたれていた。
私が話しかけると、少し怒気を含んだ声で睨まれる。

「ねぇ、ロイド違うの、あれは」
「聞きたくねぇ」
「聞いてよ。誤解なんだって」
「…何とでも言えるさ」
「…お願い、聞いて」
「嫌だ」
「ロイドの、馬鹿」


視界が滲んでくる。
あれ、何で私泣いてるの…?

「…ごめん」


抱きしめられた。
耳元で囁く彼の吐息がくすぐったい。

「嫉妬、しちまった」
「…え?」
「こうすれば、ゼロスは俺を追いかけてくるだろうと思って」

心なしか悪戯を成功させた子供のような声で言われ、あれだけ心配した自分が可哀相になってきてしまう。


「…ばか」
「はは、褒めてくれるの?」


ロイドは肩口から顔をあげ、目を合わせると、唇を重ねてきた。

彼の舌が口内に侵入し、私を探して動く。


「…ん、ぁ…」

するりと服に手が侵入してきたが、此処でやる訳にはいかないので必死に抵抗する。
そのうち酸欠になってしまい、がくんと崩れた時、ロイドが唇を離して支えてくれた。


「ね、シよ?」
「…だめだよ。運動会の途中なんだよ?」
「…あ、忘れてた」

息子の最後の運動会を『忘れてた』なんて、薄情な親もいるものだ。


ほんとに、貴方らしい。






「…ごめん父さん」

私の手を引っ張ってテントまで戻ったロイドは、カイトと遊ぶクラトスさんに謝った。
彼はこちらを見て、ふっと笑うと、
「仲直りしたようだな」

と一言。


…喧嘩はしてませんが。


「クラトスには絶対やらねーから」
「何の事だ?」
「ゼロスだよ」
「…フ、心配せずとも取りはしない」



何だこの親子、…なんて言葉を必死に飲み込んで、ため息をついた。


『閉会式をします。園児の皆さんは、集まって下さい』


放送がかかると、カイトとクルミは動き出す。

「いってらっしゃい」
「うん」
「いってきます」


二人は笑顔で手を振り、並び始める。

確か、カイトが赤組でクルミが白組。
どちらが勝つのだろうか。



延々と園長が喋り、やっと降壇したところで成績発表へ。


『成績を発表します』

放送担当の先生が紙を見ながら読み上げる。


『130対150で、白組さんの勝ちです』


わーっと白組が盛り上がる。

カイト、負けちゃったのかぁ。





「お帰り、二人共」
「えへへ〜、勝っちゃったぁ」


クルミは笑顔で帰ってきた。

…でも。

「どーしたカイト。どこか痛いのかぁ?」


ロイドが、俯くカイトに話しかけていた。
まったく、この人は空気読めってば。


「カイト」
「かーさん、俺…」
「カイトは頑張ったじゃない。おかーさんは、カイトが優勝だと思うよ」
「…かぁさん…っ」


胸の中におさまるカイト。
声を殺して泣くカイトは、とっても強い子なんだって、改めて思えた。
頭を撫でてやると、服が濡れる程泣いてしまう彼。

どんなに大人びた発言をしていても、所詮は5歳なんだから。




小学生になったら、きっと優勝してね、カイト。





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