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□02.疑いの中の、愛する気持ち
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「お疲れ様です」
「おー、お疲れ」
「…あの、先輩」


帰宅しようと席を立った俺の後ろに、…確か新入りの女性社員が話しかけてきた。

もう帰らなきゃ、ゼロスが心配してるってのに…。


「どーした?」
「あの、その…」
「?」
「わ、私その、先輩の事す、好き、です」


…はい?

場の空気が、一瞬にしてフリーズした。
幸いオフィスには俺達以外いないが、いったい何故この人は急にこんな事を言うのだろうか。


「あの、さ…。俺一応既婚者なんだけど」
「か、関係ないです…っ」
「いや、あるでしょ」



ちょ、俺にどーしろってんだよこいつ。

あー泣くなってば…っ
どーして女ってこう涙脆いんだよ。
俺が悪いのか、これ…?


「私を愛人にしてください」



…あいじん…?

愛人…って。


「な、何言って…」
「本気です。私の事、使って下さい。子育てで忙しくて溜まってるでしょう?」
「溜まってねーよ。悪いけど、俺あんたの事あまり知らねーし、必要もねーから」



彼女は震える手で服の裾を掴み、唇を噛み締めていた。
こういう時どーするかなんて俺には判らないし、早く帰りたかったし、俺は黙って彼女の隣を通りすぎた。

否、通りすぎようとした。


「…っ!?」



何するんだ、なんて言う暇はなかった。
突然唇を重ねられたのだ。


ばしん。


乾いた音。
同時に、掌にじんじんとした感覚。

彼女の頬を叩いた音だった。


「…せんぱ…」
「帰る」

俺は率直にそう伝え、オフィスを後にした。











予想以上に帰宅が遅くなってしまった。
腕時計に目をやると、日にちがかわろうとしているのが見え、ため息をついて玄関から入る。


リビングから弱い明かりが漏れていた。



「…ただいま」

テーブルにはラップがかかった夕飯が二人分置いてある。
向かいには、待ちくたびれたのか、ゼロスが眠っていた。
きっと、遅い俺をずっと待っててくれたのだろう。


そっと頭を撫でると、ぴくりと反応する彼女。

「…ん…」
「ただいま、ゼロス」
「…あ、お帰りなさい」


ゼロスは何度か目を擦って、それから立ち上がる。

「ご飯、食べる?」
「あぁ」
「よかったぁ」


彼女はにこりと笑い、温め直す物をおぼんに乗せてキッチンへ。

待っている間、頭の中は先程起こった事がぐるぐると回り続けていた。


最悪だ。



「はい、どーぞ」

こと、と目の前に皿が置かれて、はっと我にかえる。


「…いただきます」



暫く無言で食べてたんだけど、どうしても落ち着けなくて。

「…ゼロス」
「何?」
「どーして俺が遅くなったか、聞かないんだ」


口に出して、後悔した。
もう、後には引けない。

「聞く必要、ないもの」


彼女は笑顔で答える。

違う、違うんだよゼロス。


…俺は、……俺は…。

「きっと仕事ばっかりで疲れたのね。もう寝よう?」
「ちが、ゼロス…」


俺は箸を置き、真剣に彼女を見つめた。
彼女も箸を置いて、見つめかえす。

「ごめん、俺は…」
「ねぇ、ロイド」


彼女の静かな声に、俺の呟くような声は消された。
ゼロスは、ぽろぽろと涙を流していた。

「電話が、あったの」
「…でんわ…?」
「会社からだったから、貴方だろうと思って出てみたけど、相手は女のひとだった」
「ぜろ…っ」
「最後まで、聞いて」


電話の主は、きっとあいつだ。
胸の中が、とてつもない嫌悪感で満たされていく。

「受話器を耳にあてるとすぐに、彼女の声が聞こえて、…よくは覚えてないけど、散々な事を言われた」


俺は立ち上がった。

もう十分だ。
お前は十分苦しんだ。
だからもう、やめてくれ。

「何故貴女なの、とか。私の方があの人を幸せにできるのに、とか。ちょっと有名人だからって調子に乗るな、とか…っ」


泣き崩れるゼロスを強く抱きしめた。

もう、たくさんだ。
こいつはこんなにも苦しんでいるのに、俺は…、俺は…っ


「…めんなさぃ。疲れてるのに、こんな事言って…」
「謝るのは俺の方だっ」
「貴方は、悪くないよ」
「お前だって悪くねーだろ」



彼女が落ち着くまで、俺は抱きしめていた。
ゼロスは泣き虫なのに、こんなにも強いんだ。
こんなにも壊れそうなのに、それでも人の心配ばかりする奴なんだ。


俺は、そんなお前に惹かれたんだ。

「ん、ロイド、もう大丈夫だから…」


そう言って彼女は、俺から離れた。

「明日も仕事でしょう?ほら、もう寝て」
「…あぁ」


リビングを出る時、俺は一度振り返った。



「愛してるよ、ゼロス」

「…うん」





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