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□00.新たな一歩、小さな一歩
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畜生。

俺は…、俺はなんて非力なんだよ…。


「なぁ、お願いだよっ!!帰らせてくれよっ!!!」
「何度言ったら判るんだ。持ち場に戻れ」
「父さ…、社長っ、…頼むから、産まれそうなんだよっ」


俺はかれこれ数十分も社長室で抗議している。
なのに。

父さんの、分からず屋。


俺の…、俺とゼロスの初めての赤ちゃんが産まれるって時に…。

「社長っ!!!」
「ロイド・アーヴィング。お前は大事な仕事の途中の筈だが」
「だから何なんだよっ」
「私情とこの企業を秤にかけるのか?」
「それは…っ」


口ごもる俺に、クラトスは淡々と言ってのける。


「持ち場に、戻れ」





ばたん。

社長室のドアを閉め、その場にへたりこむ。


ゼロス、大丈夫かなぁ。

ごめんな、こんな非力な父親で…。
ちくしょ…、涙出てきた。



かちゃ。

背後のドアが開く。
振り返り見上げると、クラトスが立っていた。


「残念だが、すぐにやってもらいたい仕事ができたようだ」
「…何ですか」

クラトスは片手にコードレスの受話器を握っていて、俺を見るなり少し笑った。


「産まれたようだ。行ってきなさい」
「しゃちょ…っ!?い、良いんですかっ!!?」
「…元気な男の子だそうだ」

「さんきゅ、父さんっ」



聞くなり、俺は走りだす。

身体が軽い。


会える。
会えるんだ、二人に。




ばたんっ

指示された個室を勢いよく開けると、ベッドの上で上半身だけ起き上がらせているゼロスが驚いたようにこちらを見た。
彼女の腕の中には、それはそれは可愛らしい赤ちゃんがいて。


「ろ、ロイドくん…!?」


自然に涙が流れた。

ゼロスは心配そうに俺を見つめ、それから微笑んで手招きした。

「ほら、お父さん」
「…お、おう」


催促されて慎重に抱き上げる。
赤ちゃん独特の甘い香りが、鼻腔を掠める。

「…ありがとう、ゼロス」
「どーいたしまして」


俺は可愛い鼻にキスをして、擽ったそうに反応する我が子を優しく抱きしめる。

「…どーしたの、うかない顔して」


ふとゼロスを見遣ると、彼女はふて腐れたように俺と赤ちゃんを見ていた。

が、俺の声で正気に戻ったのか、慌てて首を振る。



「な、何でもないの」
「…へぇ〜」


俺は赤ちゃんをベビーベッドにそっと寝かせ、ゼロスに向き直る。


「まさかとは思うけど、嫉妬した?」
「ち、違うもんっ」
「あ〜、子供の前で嘘つくんだぁ…。いけないお母さんだね」


ゼロスは顔を真っ赤にして俯く。

ほんと、可愛いんだから。


俺は、ベッドの端に腰をおろした。

「なぁゼロス」
「…ん、何?」
「やっぱり、出産って大変なのか?」

俺は赤ちゃんをちらりと見て、ゼロスに問う。
最初は何事かと首を傾げていたゼロスは、何かを悟って頷いた。


「うん。とっても大変」
「…そっか」
「でもねロイド」

彼女は静かに俺を抱きしめた。
久しぶりの感覚。
壊れそうな程幸せな感覚。


「大好きな貴方と、大好きな赤ちゃんの為なら、いくらでも頑張れるんだよ」
「…ゼロス…」
「とっても痛かったけど、とっても辛かったけど、でも『これから産まれるんだ』って思ったら、不思議と痛みが和らいだ」
「…」


「きっと、貴方のお陰ね」

あぁそれは。
最高の殺し文句だね。

俺はそっと彼女から離れた。

そのまま彼女の後頭部を抱き寄せ、唇を重ねる。
舌で何度か突くと、彼女は観念したというように口を開いた。


「…んん、…ふ…」

赤ちゃんがいる手前、若干抑え気味に声を出すゼロス。

久しぶりの、ゼロスの舌。

相変わらず柔らかくて、可愛くて、とても気持ち良かった。



「はぁ…っ、さいこー」
「ろいどのばか」
「おいおい、馬鹿はないだろ」

恥ずかしいのか、真っ赤にして俯くゼロスの鼻に、先程赤ちゃんにしたようにキスを贈る。


「今日はゆっくり休めよ」
「…ん、でも…」
「赤ちゃんなら俺が見てる」
「か、会社は?」

心配そうなゼロスを見て、俺はにこりと笑ってみせた。

「休んだから大丈夫」
「…ごめんね」
「違うなぁ、ゼロス。今のは『ごめんね』じゃ駄目だよ」


俺はゼロスの耳元でそっと囁くと、彼女は極上の笑顔で。



「ありがとう、ロイド」


そう言った。





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