★妄想の釜:奈落の碗

□VERY-MERRY-CHRISTMAS
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 白く細い指が、慣れた手つきながらも、やや緊張した動きで紅茶を入れる。
 それを見つめる、眼鏡の奥の黒い瞳は、どことなく淋しそうだ。
 久しぶりに再会した彼、一柳和のそんな表情を見て、やはり彼は優しいのだ、と今更ながらアルノルトは思った。――いや、実感した。
 奈落の城で起きた事件(事故として処理されたが)から、丁度一年後の事である。
 ティルの「改めて礼を言って、自分がおもてなししたい」という希望もあって、再びこの呪われた城に招待したのだ。
 勿論名探偵だけでなく、その助手(保護者?)の役者もだ。その役者でありアルノルトの友人でもある日織は、相も変わらずの着物で、和の隣に座っている。こちらに顔を向けてはいるものの、目の端では和を気にかけているのが丸わかりだ。
 優しい彼の精神状態を心配しているのだろう。
 ティルが帰って来た事を、和が喜んでいない訳ではない。ただ――そのかわりに消えてしまった者を想わずにはいられないのだ。
 母、悪魔、そして――ディーターの事を。
 ティルが和と日織のために紅茶を注ぐ姿。それは記憶にあるものと同じなようでいて、確実に違う。だからこそ、ディーターを思い出してしまうのだ。
 何故そこまでわかるのかというと、アルノルト自身もそうだったからだ。同じ姿をしていても、かつての彼はもういない。それを考えてしまうたび痛む胸。淋しいのだ。
 ディーターとティル。
 どちらも自分の執事であり、友であり、家族だ。別個の人間として。
 だから、辛い。
 自分の傍に、どちらもいてくれたなら。
 そう願う事は、我が儘なのだろうか?

 と――。
 和がぽつりと言った。
「……ティル……なんで」
 ティルは和を見て小首を傾げる。和のティーカップに砂糖とミルクを入れたばかりだ。その面に微かな不安が浮かんでいる。
 何か自分が粗相をしてしまったのではないか、と。
 だが、その表情をしたのはティルだけではない。
「……和さん?」
 日織がそっと手を伸ばし、和の華奢な肩に触れる。――途端、和はぽろぽろと涙を流し始めた。
「あっ……ゴメン!」
 その場の誰よりも、当の本人が一番びっくりした顔で、条件反射の謝罪を述べる。
「和……?」
「いや、なんでもない!なんでもないから!!」 
「んなこたぁないでしょ。どうしたんです?」
 涙を拭きながらも首を振る和に、日織が言葉を重ねる。ティルも不安と心配の両方を感じたように、和をじっと見つめている。
「僕、なにかしちゃった?和……」
「違うよ!ただ……」
「ただ……何?」
 和の言を継いだのはアルノルトだ。和がやっと顔を上げ、言う。ティルに向かって。
 その黒瞳は未だ涙に縁取られていたが、嬉しそうに細められている。

「ティル……僕の砂糖とミルクの量……知ってるんだね」

 ――その台詞の意味を一番に悟ったのは、他でもないアルノルトだ。
 自分は教えたりはしなかったし、知らなかった。ティルが知っているのは――ただ紅茶を注ぐ手順だけだ。和と日織に関しては。彼らの好みなど聞かない限りは、最適な砂糖とミルクの量を乗せる事など出来るはずがない。
 なのに、ティルはそれをやってのけた。ごく自然に、誰にも教えられる事なく。
 なぜなら。

 ――ディーターが覚えていたからだ。

 客が一番好む紅茶の種類、その濃さ、熱さと……砂糖とミルクの量。
 口元が、戦慄いた。
 それを隠そうと、片手を口に押し当てる。
 だが。
「アル……」
 日織がそっと呟き、立ち上がる。そしてティルからアルノルトが見えない位置に移動した。
 和の肩に置かれた時と同じ、優しい掌がアルノルトの肩にも乗せられる。
「……ちょいと出ます。すいませんね、ティル。和さんを頼みます」
「え?……は、はい!」


 応接室から廊下に出た途端、口から鳴咽が漏れた。
 日織に肩を引き寄せられる。
「アル。もう我慢しなくていいですよ」
「…………っ」
 それでも声を上げる事はせず、しかし日織の着物を掴んだ。
 震える手で。
 口をついて出た言葉も、震えていた。
「……ディーター……残ってた……消えてなかったんだね……」
「ええ」
「ちゃんと……ティルの中にいたんだ……」
「ええ……」
 頭を撫でる掌は、温かい。
 自分の胸の内に広がった温もりと同じだった。

 数日遅れの、クリスマスプレゼントだ。

 心のどこかで、そう思った。



PRESENTED-BY:はるや豪


和と日織の存在感薄っ!
ファンの方すいません……。年相応のアルを書きたかっただけです……。



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