★妄想の釜:奈落の碗

□それ故の
1ページ/2ページ


 明け方帰って来た和がソファで寝ようとするので、すぐに自分のベッドを使っていいと言うと、おそらく自分では解ってないのだろうが、和は感謝と好奇心の顕れた笑顔を浮かべ、目を輝かせた。――日織の言っていた通り、見ていて飽きない人だ――自分より年上だというのに、なんだか弟が出来たようで嬉しくなる。……そんな事は口が裂けても言えないが。
「それじゃ和、ゆっくり休んでね」
「うん、ありがとう」
 こちらがそれを言う立場だというのに、和はあっさりと礼を口にする。
 貴族の生まれ等、血筋とはまた違う、育ちの良さというものか。
 彼を見ているだけで、周囲の人間たちに愛されて育ってきた事が伺える。正直、それに軽い羨望と嫉妬を覚えた。
 和の律儀さから、自分が部屋にいてはくつろげないだろう、そう思って寝室を出る扉に向かう。
 だが足を一旦止め、
 おやすみ。
 ――そう言おうとしたのだが。
「………………」
 口は開いているのに、喉まで上っていた台詞は、形になる前にあっけなく霧散した。
 和が自分のベッドの上にいる。当たり前だ。今からそこで寝るのだから。問題はそこではない。
 こちらの視線に気付いていないのだろう、和は熱心に動き回っている。
 ベッドの上で四つん這いになってぐるぐると回りながら、寝具のそこかしこ、それに枕まで――掌でぱふぱふと叩いて、嬉しそうに感触を確かめている。
 その様子はまるで、居心地の良い寝場所を探す猫だ。
「……………………」
 ――と、やっと自分の背中にちくちくと突き刺さるものに気付いたのだろう。和はふと顔を上げこちらを見る。
「……あ……」
 ぽかんと口を開けた、間抜けな顔をしているのであろう自分を見て、和はその体勢のまま(それこそ猫のように)ぴたりと止まり――
「…………。お、おやすみ、アル」
 ぎこちなく言ってきた。顔に朱がさしているのは、自分の行動がどう見られていたのか、すぐに察したからだろう。こんな時まで彼は洞察が鋭い。……それを発揮して欲しくない時まで。
 ともあれ――自分に出来たのは、なんとか曖昧な微笑を浮かべて挨拶を返し、そそくさと退室する事だけだった。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ