★交流の釜:宝物の碗
□三笠と和とコンタクト
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処方された箱を鞄から取り出し、三笠に手渡す。彼は一頻り眺めた後、ぽつりと一言呟いた。
「……お前はそれで良いのか」
「下手に逆らうと自腹になりますし…」
少なくとも検査料は自腹を切った。泣きたい、と思っていると携帯電話が着信を示す。その姉からだ。和は三笠に会釈して、急いで受話ボタンを押した。
「何、姉ちゃん?」
そこへウェイターが注文品を運んでくる。
とりあえず三笠は、二つのカップを手に席を立った。
ドリンクバーで紅茶とブレンドコーヒーを入れ、適当にミルクとガムシロップを掴み席に戻る。既に通話は終わっていた。
「君はミルクティーだったな?」
注文の際、わざわざ名指ししていたことから判断したが、断りを入れるべきだったろうか。問い掛けても反応がない。
「…おい、一柳君? 不満があるなら口で言え」
「あ、姉に…」
「姉に?」
「姉に見捨てられました…」
件のメガネハゲに鬱憤を溜めている同僚たちと、来週末小旅行に行くのだという。
曰く「今からその打ち合わせだから、あんたは一人で帰りなさいね? それからコンタクトはどれ処方されたの? 来月まで持たせてくれるとお姉ちゃん助かるなー、って言うか持たせなさい。じゃあねっ」とのことだ。
あの人は何様のつもりでいるのか。きっと雛子様かお姉様のつもりだろう。とりあえず女王様でないことを祈る。
「……まあとにかく食え」
言外に『強く生きろ』とエールを込めて、三笠はスプーンを渡してやる。
「……はい」
のろのろとスプーンを受け取り、和が皿を覗き込む。湯気を真っ向から浴び、眼鏡のときの癖なのか、目に指を押し当てごしごし擦った。
「おいっ」
咄嗟にその手を掴む。
「目を擦るんじゃない、馬鹿者!」
「あっ!?」
和の身体が固まった。
同じように固まって、低く素早く問い掛ける。
「どうした?」
「レ…、レンズがどこかに行きました…」
「…落ちたのか?」
「お、落ちてはないと思います。その…、三笠さんに掴まれたとき、なんか目蓋に引っ張られたみたいで…」
気まずい口調でぼそぼそ言い、左の目蓋に恐々触れる。感覚では在り処が判らないらしく、表情が微妙に泣きそうになった。
「すまん」
掴んだままの手を離し、三笠は和の隣へ移動する。
「見せてみろ」
こめかみ辺りに手を添え、上を向かせた。
「……なぜ退がる」
和がじりじりと椅子の奥に身を寄せる。
「な、なんとなく」
必然的に三笠は追い込む。
「あの…。み、三笠さん」
隅に追い込まれた和の手が、三笠の胸の前に置かれた。
「なんだ?」
その程度の抵抗は抵抗の意味を成さず、困りますといった程度の意思表示に過ぎない。捜しやすいよう更に詰め寄り上向かせ、目の中を覗いた。
弱々しい声が訴える。
「……顔が、近いです」
和は首を竦めたがったが、肩に置いた手でそれを阻んだ。
「…我慢しろ、馬鹿者」
恥ずかしさなのか怯えなのか、胸を押す指が微かにだが震えている。
「お前のような人間が、よくコンタクトを入れられたな」
兎を襲う捕食者にでもなった気分だ、と。三笠は押さえ込む力を緩めた。僅かばかりの自由を得て、和の緊張も緩みを見せる。
「だって、物が見えないのは怖いじゃないですか」
いつもの調子で物を言う。
「怖い?」
「ぼんやりとしか見えないと、よくわからない怖いものだらけになるでしょう? それなら、安全だってわかってるレンズを入れる方が、まだ我慢出来ます」
「いずれにしろ怖いのか…」
「はあ、すみません」
こころもち項垂れて謝る。その顔を再び上向かせた。
「レンズが見つからんままも怖いと思うが、どうだ?」
「……怖いです」
胸を押す手が下がり、パーカーの裾をぎゅっと握る。抵抗しません、の意思表示と受け取って、三笠は指で和の目蓋を抉じ開けた。覗き込みながら眼球を動かせと指示を出す。