★交流の釜:宝物の碗

□三笠と和とコンタクト
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【三笠と和とコンタクト】


「……一柳君か?」
 何か、ありえないものでも見るような目つきで声をかけられた。
 手持ち無沙汰に説明書を読む手を止め、和は三笠に挨拶する。
「あ、こんばんは三笠さ──」
「どこで落とした。心当たりもないのか? いや、その状態では探したくとも探せんな。あいにく今は他の調査が入ってるんだが…、この前の栞のよしみだ。手を貸さんでもないぞ?」
 それを遮り、こちらが席を勧めるより早く向かいに座り、深刻ぶった顔つきで言う。
「……は?」
 話が見えない。栞というのは、以前やはりこのファミレスで三笠に進呈した、猫の女神の栞のことだろうが。
「は?じゃない、眼鏡だ。一柳君といえば眼鏡だろう? パーカーという者もいるかもしれんが、俺にとっての君は眼鏡だ!」
 妙に活き活きと言い切られた。
「断言しないでくださいっ」
「さあ恥ずかしがらずに言え、一柳君。君はどこでアイデンティティーを失った?」
「失ってませんってば!!」
 大声で叫べば周囲の耳目が一瞬集い、くすくす聞こえる笑い声。
 和は慌てて開きっぱなしのメニューを立て、そこに頭を引っ込めた。三笠はといえば堂々としたもので、期間限定品の載ったボードを手に取り眺めている。
 赤い顔は隠し目許だけを覗かせ、睨め上げた。
「…これ以上遊ばれたくなければその顔はよせ。」
 すっと視線を横に流し、三笠が溜め息を吐く。
「かえって畳みかけたくなる」
 それからメニューの天に手を掛け、テーブルの上にぱたりと倒した。
「もう十分畳みかけてました…」
 ぼそりと零した和の意見を鼻で笑ってページを繰る。
 彼の指差し確認で、あれよあれよとオーダーが決められていく。水を出すに出せなかったウェイターへ、そのままそれぞれ注文した。
 いつの間にか同席する流れになっている。間もなく姉が来るのだが、その未知との遭遇がどんな結果になるものか、和には想像し難く恐ろしい。
「しかしあんな物を目に入れて、よく平気でいられるな? それだけでお前を尊敬してしまいそうだ。あくまでしてしまいそうなだけだが」
 グラスを口に運び三笠が言った。
「俺はあの痛みに慣れるくらいなら、根性で視力を上げる方を選ぶ。と言うか上げた。受験資格に視力規定があったからな」
 何か嫌な思い出があるらしく、しみじみと語る。昔のレンズは痛かったらしいしなあと慮りつつ、和ははたと気づいた。
 コンタクト装着を認識した上でのあの発言か。やはり初めから、からかわれていたのか。
「いや。一柳和といえば眼鏡であることに、誇張も何も一切ないぞ?」
 いつものように心の声をピンポイントで読み取られる。
「そこは誇張も何かも有ってください」
 がくりと肩を落とす和の指先が、眼鏡を押し上げようとして空を切った。



「……エア眼鏡か? 実に君らしい地味な芸だな」
「く、癖なんだからしょうがないでしょう!?」
 癖を封じるように両手でぎゅっとグラスを掴む。
「もういっそ諦めて眼鏡を掛けたらどうだ?」
「掛ける眼鏡があれば掛けてますよ…」
「…本当に失くしたのか!?」
「失くしてませんっ、壊されたんです!」
「壊された?」
「……実家に帰ったら姉ちゃんが酔っ払ってて…」
 和が、影を背負った遠い目をする。
「スペアを取り出したら、それも『あンのメガネハゲがぁッ』て…」
「わかった一柳君。皆まで言うな」
 どうやら職場で何かあったらしく、その鬱憤を罪もない弟の罪のない眼鏡に、文字通り叩き付けたのだ。あの暴君は。
「スペアの方は幸いレンズが落ちただけだったんですけど、うちの猫が二匹してフレームをおもちゃにしちゃって」
「猫は何も悪くない!」
「そう言うと思いました。とにかくそれで今日、新しいのを作りに行ったんですけど」
「新しい眼鏡が何故コンタクトに化けている?」
「姉ちゃんが…」
「また姉ちゃんか」
「コンタクトの無料体験やってるから、給料日までこれで持たせなさいって」


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