★交流の釜:宝物の碗
□三笠と和とバステト
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「面白い本なんですね」
もしかしたら邪魔かもしれない。じゃあこれで、と。席を立とうとして。
「面白いかと言えば面白くなくはない。これから面白くなりそうな予感はある。一度閉じてもいいんだが、再開しようとして未読のページを開いてしまったらどうする。もしそこに話の肝が載っていたらと思うと止めるに止められん」
捲し立てられた。
「……へ?」
「スピンが付いてなければ栞も入っていない。これは一気に読めという、版元の読者に対する挑戦だろう」
「はあ」
「何が『はあ』だ。ページを折れだの、栞が無ければレシートを挟めばいいじゃないだの思っているかもしれんが、それは却下だ」
「フランス王妃の真似はいいです」
「見ろ、この手付かずのまま冷めきったパスタを。イタリア人が見たら俺は確実にオーバーアクションで嘆かれる。それをわかっていてなお、版元との戦いに挑んでいるんだ。」
そこまで言って、溜め息。
「正直、もう白旗を上げ空腹を満たしたいのだが」
微妙に肩を落とし。ぱらり。ページをまた捲る。
拘ってないで何か栞代わりを使えばいいのに。
和の顔にありありと浮かぶ。
「…あっ、そうだ!」
その顔がぱっと晴れた。
「姉ちゃんがエジプト展観に行ったお土産で…」
ごそごそと鞄を漁り、手帳の間から何かを抜き出す。
未開封らしき薄い金属製の栞。
横を向いた黄金色の猫。バステト女神。台紙には『家内安全』の文字。
「なんだかもったいなくて、僕には使えないんですけど。良ければもらってください」
「…いいのか?」
勿体無くて使えなかった物を、他人にくれてやっても。
「はい」
ほわり。和が笑う。
「三笠さんならいいですよ」
だからごはん食べてください、と。
「……なら、ありがたく頂戴しよう」
受け取り、パッケージの口をぺりぺりと開ける。台紙の裏面には『愛と豊穣、家庭を守護する神』と、大雑把に簡略化された説明が付いていた。
「バステトとイシスが混同されたままだな」
説明文に不満を洩らすが、出てきた猫の姿を見て目許が和む。
「…ほんと、猫大好きですよね」
呆れるような微笑ましいような。微妙な気分で零せば、自信満々に返される。
「当然だ」
三笠が本を閉じて眼鏡を外す。眼鏡を仕舞い、もう一度本を開く。にやりと笑う。
あまりに嬉しそうなので、呆れる気持ちはどこへやら。なんだか和まで嬉しくなってしまった。