★交流の釜:宝物の碗
□embrace
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二人の感想に自分を納得させようとするが、気になる。何かが引っ掛かる。
「気のせい気のせい! さあ行くわよー!」
雛の手が和のフードを掴んで曳いた。首が絞まって上がる呻き声。
「雛さん雛さん」
止めようと手を伸ばす。
その示された掌に、和は叫んだ。
「待って姉ちゃん! 離して!」
「和?」
日頃の叫びと異なる響き。雛は素直に手を離す。振り返ると、和が日織と手を合わせていた。
「……あんた、何してんの?」
疑問を口にすれば、弟の手が向き合う男の額に伸びる。空になった手のひらのおかしな赤色に、そういうことかと納得する。さっき自分も見たはずなのに、疑問に思いはしなかった。
「和さ──」
「──お前、熱あるんじゃないのか!?」
怒鳴る和。
やっぱりか、と。磯前が小さく呟く。
「大したことねぇんですって」
「言えよ馬鹿!」
笑って誤魔化す態度をとられ、和の声は大きくなった。それが頭に響いたか、日織の目許が痛みに歪む。
「……姉ちゃん」
振り返る泣きそうな顔。
「…わかったわよ。お花見、諦めればいいんでしょ」
花はまさに今が見頃、なのだが。こういう事情では諦めるしかない。愚痴めいたことは言うまいとして、口惜しさに溜め息を吐いてしまった。
「姉ちゃん!」
「ごめん、日織くん」
「いや、本当にお気遣いなく。普通に動けますから問題ねえですよ?」
「動ける動けないの問題じゃないだろ! …病院まで乗せていこうか? あっ、でも休日だ…」
おろおろする和の様子に、誤魔化しでなく顔が緩んだ。
「一晩経てば治まりますから」
「そうだぞ、坊主。あんまり気遣うな。その熱はガキの知恵熱みてえなモンなんだ」
何か知っている口振り。和は磯前を見上げる。いつの間にかジャケットを手にしている。
「姉ちゃん。こんなオッサンでよけりゃ一緒に花見はどうだ?」
「雛と呼んでください、オジサマ。お花見デート、受けて立ちましょう!」
框に降り靴を履く横顔が、にやっと笑った。
「てなワケで姉貴の方は俺が面倒見るからよ。お前さんは着流しの世話してやれや」
「へ?」
姉の腕が磯前の腕に回る。するりと腕を組む。
「おい、着流し」
「……はい」
見返りながら呼ばれ、日織は僅かな間を置き返事をした。
「馬鹿の考え休むに似たりってな。考えたってどうしようもねぇんだ、考えてねえで大人しく休め。いいな?」
その言葉の返事は聞かず、軽く手を上げ玄関を出る背中。
「行ってきまーす」と姉も手を振り、後ろ手に戸を閉めた。
「……日織?」
取り残されて気を取り直す。
「僕にはよくわからないけど、……ちゃんと休めよ」
お邪魔しますと靴を脱ぐ。日織の手を捉えたまま家に上がった。
「布団は敷いてあるの? 僕が敷こうか?」
「和さん」
寝間に向かう和を止める。
「横になるほどじゃねぇんですって。いや。横になりたかねえんです」
「でも」
「本当に病気にかかったんじゃねえかと体が勘違いしちまって。かえって悪化するんでさぁ」
「……わかった。じゃあ客間の方に行こう? 昼寝だったら問題ないだろ?」
広縁沿いのあの客間は好い風が通る。
「眩しかったら半分雨戸閉てればいいし。僕がやるからさ」
「和さん、はりきってますね」
日織が苦笑を零す。
「……悪かったなっ! …たまには僕が頼られたっていいだろ?」
いつもとは逆の立場に少し浮かれてしまった。言われ自覚し、気恥ずかしさが込み上げる。
「普段から頼りにしてますぜ?」
その感情の流れを汲み取って、日織が肩を揺らした。
「頼りにしてるんですよ、和さん」
それは事実かもしれない。けれど、言いたいのはそういうことではないのだ。どういうことかは上手く言えないが。
「もう何でもいいから大人しくしてろ! ほら」
押入れからブランケットと枕を出してやる。日織を横にして、その傍らに膝をついた。
「大人しくしておきますんで 和さん」
「なに?」
「風呂掃除が途中なんです。続き頼んでもいいですかね?」
前にも何度か手伝ってもらっている。手順は判るだろう。
「……わかった。あとは?」
「あとは…後で考えます。頼りにしてますよ」
へらりと笑い手を振った。