★交流の釜:宝物の碗

□embrace
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【embrace/前】

「ひーおりくーんっ、あーそーぼ!」
 がらりと玄関を開けた姉が、軽やかに声を張り上げた。
「おや、いらっしゃい」
「ごめん、日織。ついてきちゃった…」
「それが噂の『姉ちゃん』か?」
 呼び出された家の主の後ろから、煙草の匂いをさせて現われる男。
「あっ、磯前さん!」
「久しぶりだな、坊主」
「うわあ、イイ男発見!!」
「お願いだから、これ以上恥晒さないで…」
 目の上に手を翳してはしゃぐ雛の腕に縋る、弟の姿。
「相変わらず素面で酔っ払ってますねえ」
 いつ見ても高い彼女のテンション。笑って日織が揶揄すれば。
「お前も人のこたぁ言えねえぞ」
「日織くんに言われたくなーい」
「違う意味でお前もそうだよ…」
 三人同時にそれぞれの意見を言った。
「はい?」
 戸惑いに首を摩る日織。
「普通の人は素面じゃ言えないこと、たまに言うだろ?」
 日常の中でするりと出てくる言葉の数々を思い返し、和は顔を赤くした。
「このぉ恥ずかしいセリフ量産機ー!」
 初めにつっこまれた雛も、拳を挙げて訴える。
「俺ぁ酔っ払ってても言えねえな」
 腕を組んだ磯前が、深く頷き同意した。
「そんなに変なこと言ってますかい? 思ったことを口にしてるだけなんですがねえ…」
「…天然型ってあたりが凶悪よねー、兵器よねー。最終兵器日織ー!」
「いやな戦場…」
「こいつの戦場は板の上だ。ある意味正解だろ」
「日常にまで戦闘空間持ち込まないでほしい…」
「あんた集中砲火受けてそうだもんね」
「狙い撃ちだな。まあ慣れちまえば問題ねえさ。撃たれろ撃たれろ、坊主」
「やがてそれが快感になるのねー。ああ弟が遠くへ行ってしまう…」
「勝手に旅立たせないで!? っていうか今度は僕が的なの? お前も止めるなり反論するなりしろ、日織っ!」
 おかしな流れに和が喚く。
「いやあ、皆さん愉しそうで。どこまで会話が転がるのかと」
 のほほんとからかいを受け流す様子に、雛が口を尖らせた。
「日織くんつまんなーい。和みたいに抵抗してくれなきゃ、転がるものも転がんないでしょ?」
「ああこりゃ失礼。次回に期待ってことで、ここは一つお許しを」
「うむ、許してつかわす。それじゃ、話も落ち着いたところでお花見に出発だー!」
 一方的に「おー」と腕を上げる。
「花見? ンな約束してたのか?」
 和が来ることは聞いていたが、目的が花見とは知らなかった。押しかけて悪いなと謝る磯前に、日織は首を傾げてみせる。
「いや、特に約束した憶えは…」
「ごめん日織。違うんです磯前さん、あの」
「急遽決まりました。そこの河川敷が綺麗だからです」
 弟の声を遮り、雛が教師然とした口調で告げる。
「ビールは買い込んであります。きんきんです。さあさあ皆さん、」
 ロングスカートの裾を持ち上げ、細かなプリーツを広げながら膝を曲げた。
「参りましょ?」
 その姉の前に入り、和は二人にもう一度頭を下げる。
「付き合わなくてい──」
 げしり。
「──いっ…!? ね、姉ちゃんブーツは痛いってばっ!」
 フェミニンな春色スカートの間から覗くウェスタンブーツ。和を蹴りつけた後、ひれ伏す背中を踏みしめている。
「この子を助けたかったら お花見に行くのよ、日織くん!」
「もっと早くに言ってくれりゃあ、重箱の一つも用意しといたんですがねえ」
「お花見ビールには下品な味のヤキソバが一番なの! 出店が有ったから」
「暴力姉貴ーぃ痛い痛い痛いっ、ちょ、乗らないで!」
「おいおい。ぐらぐらしてんぞ、姉ちゃん」
「土台が軟弱なんですものー」
「折れる! 背骨折れる!!」
「両足で乗りゃ安定するんじゃねえか?」
「そうですね! ありがとうございます、オジサマ」
「えぇえ? 磯前さん 何言って うわあ? ちょ、嘘っ! 重っ、痛っ!! ひ、日織助けてっ!」
「降参です、雛さん。どこへなりお供しますんで」
 両掌を曝し宣言する日織の態度を見て、三和土の上に両足を戻す。
「わかればよろしい」
 満足げに頷く雛の姿。この姉にしてこの弟が出来るわけか、と。磯前は声を上げて笑ってしまった。
「和さん、大丈夫ですかい?」
 珍しい笑い声を背にしつつ、框に膝をつきパーカーの足跡を払い落としてやる。肩を支えて這い蹲った身を起こす。
「ありがと、日織。……あれ?」
 手助けに礼を言う和が不意の声を出した。
「どうしやした?」
「……なんか今、いつもと違う気がしたんだけど…」
「そう? いつも通り助けられてたわよ?」
「だな。いつも通りの過保護っぷりだ」



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