★交流の釜:宝物の碗

□三笠と和とコンタクト
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 眼球の動きに伴って、ずれたレンズが見つかった。肩に置いた手を離しその手で目蓋を押さえ、右手の人差し指をレンズに近づける。
 和が、後も無いのに後退りした。
「退がるな!」
「はいっ、すみませんっ」
 怒鳴りつけにじり寄れば、また手が上がり胸を押す。無視してレンズに指を乗せる。
 和の指が三笠のシャツをわしりと掴んだ。
「どうする?」
 苛々と手短に問われ、和は戸惑う。
「…あ、あの?」
「レンズだ。このまま出してもいいのか? 黒目の上に戻すのか? どっちだ!?」
 一度外した物は使用しないでください、との注意書きを気にしたのだろう。三笠が二択にしてくれた。しかし、己の答えは初めから決まっている。自分の指でも怖いのに、他人の指が迫ってくるのを目の当たりにできる度胸はない。
「──出してくださいっ」
 慌てて叫べば眼球の違和感が消える。
「捨てるぞ?」
 三笠が、取り出したレンズを紙ナプキンに包もうとした。
「あ…」
 思わず声が出てしまう。
「なんだ?」
「いえ、その…もったいないかなーって…」
 ぼそりと零すと目を瞠られた。
「だ、だって使い回ししてる友達もいますし!」
 来月まで持たせなきゃいけないし、と付け足して。我ながら哀しくなる。
「……俺は推奨しない」
 溜め息雑じりに紙ナプキンがくしゃりと小さく丸められる。それから静かな口調で言う。
「とにかく食え。食ったら眼鏡屋まで行くぞ」
「はい?」
「金の心配はするな。…そうだな、栞の礼とでも思え。あれにはそれだけの価値がある」
 言いながら席へと戻り、フォークを手にする。
「…えーと。つまり?」
 新しいレンズを取り出そうとして、険しい顔で睨まれた。なんとなく手が止まる。両眼の視力差に狂う遠近感。仕方なく右目のレンズを覚束無い手つきで、もたもたと外した。
 何故か三笠が満足げに深く頷く。
「つまり。君がコンタクトを着けるのは、推奨しないという話だ」
「どうしてですか?」
 追及に逸らされる顔。
「……落ち着かん」
 困り果てたような一言。
「へ?」
 それに対して間抜けに返せば、不機嫌に言い募られる。
「お前にコンタクトが扱えるとは思えん、それ以上でもそれ以下でもない。いいから黙って飯を食え! タダで眼鏡を手に入れたくないのか!?」
「心配してくれてるんですか?」
 これは言わなくても良い事だったな、と気がついたのは言った後。
「わかっているなら言うな、馬鹿者!」
 ぴしゃりと叱られ肩を竦めた。
 激減した視力では確かめられない表情は、きっと照れを隠した不機嫌だろう。見られないのが少しもったいないかもなあと思いつつ、今度は口に出すことなく、和は食事に取りかかった。




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