過去拍手『兄弟衝突』

□呼んでもらうよ、君だけに
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[拍手小話19]


学校からの帰り道。

吉祥寺の駅付近で、絵麻は自転車を押す祈織と、周りに群がるブライト・セントレアの女子学生を見かけた。


懐かしい光景だ。
初めてマンションに来た日にも目にしたと、絵麻は思い出す。
ジュリが『モテ男』と評していたあの時は、まさかあの人が自分の家族に、キョーダイになるとは思いもしなかった。


その一団を眺めていると、絵麻に気付いた祈織が輪から離れて向かってくる。


「やぁ。今帰り?」


クールかつキラキラしたスマイルを浮かべながら祈織は絵麻の隣に立つ。

祈織の背後から自分に、燃えるような激しい視線が向けられる。

「祈織さん、あの人たちはいいんですか?」

その視線の意味する、妬みの渦から抜け出そうと絵麻は試みる。


「大丈夫。別に一緒に帰っていた訳じゃないよ。付いてきただけだから」


その絵麻の様子に気付いたのか、自分の背後の一団から絵麻を隠すように位置を移動する。


(こういうとこが『モテ男』なんだろうなぁ…)


しみじみと思う。

けれど、女の嫉妬は恐ろしい。
出来れば、あまり関わりたくないものである。

が、しかし。


「じゃあ帰ろうか」
「…はい?」


突然の誘いの言葉に、絵麻は思わず尋ね返してしまった。


「帰る家は同じなんだし。いいよね」


「いいよね」は、『一緒に帰っていいかな?』と言う問いではなく、『一緒に帰るよ』と言う彼の中では決定事項である言葉のニュアンス。


「あ、え、うんと……はい」


キョーダイからの帰宅の誘いを断れる理由は絵麻にはなかった。

自転車を押す祈織の左側に並び、マンションに向かって歩き始める。

その背には、


狂おしい程の焼けつく視線が注がれているのを感じながら――。

(あぁ…視線が…痛い…)




その妬みの渦からやっと抜け出し、マンション近くまで来た時である。


「少し寄り道していこうよ」


と祈織が声をかけてきた。


この「いこうよ」も、『寄り道しない?』ではなく、『寄り道するよ』なニュアンスなのは、前述から推測頂けるだろう。


「そ、そうですね」


勿論、元々拒否権を用意されていない絵麻は誘われるままに、祈織が示す公園へと足を踏み入れる。


祈織が自転車を停めた側のベンチに、二人で並んで腰かける。


「少しはうちに慣れたかな?」
「はい、大分慣れました」
「椿兄さんや風斗辺りは違う意味で色々と大変だろう?」
「そ、そうですね…でも慣れましたよ」


椿同様、要も結構大変だったりする人物だが、祈織の口からその名が出ることはない。


「今でも『お兄ちゃん』って呼べとか、言われてる?」
「たまに…最近は減ったかな?」
「そうなんだ…」


そう答えると、祈織は少し寂しそうな表情を浮かべた。
良くも悪くも表情の変化が少ない祈織が、こんな顔をすることは珍しい。


「椿兄さんが羨ましいよ、素直に考えを伝えられる点だけは」


『だけ』と言う辺りにまた微妙な含みを感じるが、絵麻はそこはあえてスルーする。


「祈織さんが椿さんを羨ましいと思うんですか?」
「うん。君に『お兄ちゃんと呼んで』なんて、率直に言えるところがね」
「え…祈織さんも『お兄ちゃん』って呼ばれたいんですか?」


それは意外な言葉だった。
キョーダイたちとの関係性も薄めに感じられる祈織だから、そう言ったものにこだわり、求めるとは全く考えたことはなかったからだ。


「…君は、弟たちが僕を何て呼んでいるか知ってる?」
「え、っと…弥ちゃんは『いおりん』って…あと…あれ?」


そう言えば、侑介と風斗は何と呼んでいただろうか。


「侑介も風斗も『祈織』って名前で呼ぶんだ。…風斗にはたまに『根暗』なんて呼ばれたりもするけど」


それは酷いが、風斗のキョーダイの呼称は大体そんな感じである。
むしろ、常に頭に『バカ』と付けられる侑介よりはマシかもしれない、と絵麻は思った。


「弟が三人もいるのにね…『兄』と呼ばれたことがないんだ」


絵麻はハッと気付く。
もしかしたら、年下の家族との繋がりを一番求めているのは祈織なのではないか、と。


「祈織さん…」
「弟たちに呼ばれない分…君にそう呼んでもらえたらな、って…だから椿兄さんが羨ましかった」


祈織が絵麻を見つめる。
その瞳は限りなく優しい色を湛えていると、絵麻は感じた。


「君に『兄』と呼んでもらいたい…駄目、かな?」


そう言われて、絵麻に断る気持ちはなかった。
元々、絵麻とて家族を望んでいたのだから。


「駄目じゃないです!なんと呼べばいいですか?『お兄ちゃん』ですか、『お兄さん』ですか?」
「そこは君の言いやすいように。…あぁ嬉しいな。『兄』と慕ってくれる子に色々としてあげたかったんだ」
「色々と?」
「うん。兄妹で一緒に買い物に行ったり、映画観に行ったり、こうやって公園に来て散歩したり…君にそうしても…いいかな?」


この『いいかな?』も、『一緒に行動してくれる?』ではなく、『一緒に行くからね』だったりしたのだが、この時点の絵麻にはそれは気付けなかった。


「もちろんです!一緒にお出かけしましょうね!…『祈織兄さん』…」
「うん。ありがとう、絵麻。…『兄』として、君に与えられるだけの愛を…」


照れながら『兄』と呼ぶ絵麻に、祈織はこの上なく輝いた笑顔を浮かべた――。






――その様子を、公園の一角の木陰から覗き見る人影が数人分。


「つか、一緒に買い物や映画って、それフツーにデートって言わない?」
「…祈織の奴、さらっと誘いやがった…」
「むーっ!なんかズルいよ、いおりん!」


仕事明けでレンタルショップに行った風斗、
学校帰りに絵麻の姿を追いかけていた侑介、
学校で使う文具を買いに出てきていた弥、


祈織を『兄』とは呼ばない三人の弟たちだ。


三人は駅前で祈織と一緒の絵麻を見つけて、共にこうして尾行をしてきていた。



「祈織がいつ俺ら下のキョーダイを求めたっつーんだよ!?」
「『お兄ちゃんと呼んで』なんて言われたことないよー!」
「アレは外堀から埋めていく気なんだ」


風斗の言葉に侑介と弥が彼を見る。

「ふーたん、『そとぼり』って?」
「姉さんは流されやすくて、情にもろくて、お人好し。だけど、僕らキョーダイには警戒してるトコもあるでしょ。祈織はそんな姉さんの性格を把握した上で、まず『兄』として近付く手段を取ったんだよ」
「つまりアレか!?とりあえず近くをキープしてあわよくば、ってヤツか!?」


侑介たちにも伝わった風斗の読んだ祈織の言葉の意味だが、風斗は更に続ける。


「祈織の性格上、『あわよくば』なんて思っちゃいないだろうけどね…もう確実にロックオンしたよ…あの『根暗』…っ」


祈織を睨み付ける風斗の視線を追い、侑介と弥も再び二人に目を向ける。


そこには、祈織と絵麻が『仲の良い兄妹』として、外出の予定をたてている姿があった。



――祈織は、背後からぶつけられる妬みの視線に、そっと座る位置を変えた。


決して、横に座す彼女には気付かれないように。


彼女の目に、他の男が映り込まないように。


『妹』が他の兄弟を呼ぶことのないように――。




『呼んでもらうよ、君だけに』〜終わり〜

ホワイトデーに書けなかった分の代わりの祈織サマ小話。

最近小話が本当に1シーンのみの小話だったので、若干長めにしようと…。


で、祈織サマがグレーではなく完全に黒いですが。


祈織サマは絵麻独占欲は強いですが、絵麻を傷つけはせず、他はどうでもいい感じ、とのことなので、

一応、常に絵麻には優しい(けど押し付け感あり)みたいな人物を意識してます。


拍手有難うございましたm(__)m


2014/03/16
藤堂市松 拝


〜拍手移動後の後書き〜


言質取ったり、祈織サマ。


こーいう腹黒い祈織サマを書きたいと常々思っております。


祈織サマはきっと後頭部にも目があるか、もしくはアンテナをお持ちだと思っております。


お誕生日SS書けなくてごめんなさい、祈織サマ…。


お読み頂き、有難うございましたm(__)m


2014/04/30
藤堂市松 拝

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