薄桜鬼

□包まれるのは貴方だけ
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〜包まれるのは貴方だけ〜


「気にいらねぇ」

机に肘をついて、ボソッと呟いたのは歳三さん。

その視線の先には、私。

「何がですか?」

お茶を運びながら、軽く首を傾げて尋ねる。

「お前のその格好だ」

上から下まで睨む様に見て、また視線を上に戻す。

同じように、私も自分の姿を上から下まで追ってみる。

「…そんなに変ですか?」
そこまでおかしいとは思わないんだけど…。
これは西洋でも男の子の着る服だって言うのは分かってるけど、そもそも私は新選組にいた時はずっと袴をはいていたんだから、男装は何を今更、という思いだ。


「…似合ってる」

「え」

唐突な賛辞の言葉に一瞬お茶の入った湯呑みを落としそうになるも何とか堪えて、歳三さんの前に出す。

「似合ってます?」
「…あぁ」
「なら何故気に入らないんですか?」

私の問いに、再び視線を私の姿に沿わせると、歳三さんはちょっと頬を赤らめて、ふいっと目を逸らしてしまう。


「線が…」

「せん?」

「っ…!」

一旦言葉を区切った後、

「躰の線が丸分かりなんだよっその服はっ!!!」


…………うっ、
「きゃあっどこ見てるんですか歳三さんの助平っ!」

私は持っていたお盆で躰を隠す。到底隠れはしませんが。

「見るなっつーならンなもん着るんじゃねぇ!」
「だって箱館では洋装の方が動きやすいからって大鳥さんが用意して下さったんですもん!」
「そこがそもそも間違ってんだ!他の男から貰ったもんなんか着んじゃねぇ!」
「はぁ?だって大鳥さんは親切で…!」

土方さんの論点が分からず頭を捻る。


「いいか!?男が女に着物を贈るっつぅのはな!『自分がそれを脱がしたい』っつぅ願望なんだよ!!」


「…えっと?」


つまりは。


「…嫉妬…?」

「つっ…!」

図星らしい。
より赤くなった歳三さんは完全に横を向いてしまう。

「そ、それにだな、そんな格好で兵士たちの前に出たら、まぁ何つぅか、その士気に関わるっつぅか…」

ゴニョゴニョと呟いた後、眼だけこちらに向けてこう続けた。

「そんなお前の姿、他の男にゃ見せたくねぇ」


…そうか。
それで割とこの部屋での執務が多くて、兵士たちの所へはあまり付いて行かせてもらえなかったんだ。
私が女だと言うのは、既に皆にバレバレの公然の秘密だけど、この躰の線の出る服は確かにわざわざ公言しているようなもの。

どうしよう。
ちょっと、いや結構、ううんかなり嬉しい…!


「でも、この格好だから、だから私は小姓としてここに、貴方の側にいられます」
「あぁ…分かってる」

私は椅子に座った歳三さんと目の高さを合わせる様に屈み込んだ。

「だったら、全てが終わったら…私に贈ってくれませんか?」

何を?と躰をこちらに向け直し、視線だけで私に問いかける。


「“女”の着物を…貴方から」


視線を絡ませたまま、私が願いを唱える。


「…あぁ、とびきりなのを贈ってやるよ…!」


聞き届けてくれた貴方はそのまま私を抱き締める。


こうやって私を包むのは貴方だけ。
私が包まれるのは貴方だけ。


二人の視線が交差し、何も言わずに私は目を閉じる。
その後に続く温もりを待って───



「あれ?お邪魔だったかな?」


場違いな明るい声に、固まった私たちは、ギギギと軋む音をたてるが如く、出入り口の扉に目をやった。


そこには更に場違いな、いかにも爽やかです、な笑顔を浮かべた大鳥さん。


「おっおっおーとりさっ…っ」
焦った私は歳三さんを突き放して距離を取った。
「ってぇな千鶴!…大鳥さん!」

歳三さんも顔を真っ赤にして大鳥さんを怒鳴りつけた。
「ごめんごめん。まさか最中だとは、いやこれからだったかな?本当に済まなかったね」
全くそうは思ってもいない口調で大鳥さんは笑う。
「土方君の署名が必要な書類があったんだけど…また後にするよ」

だから、ごゆっくり、ととんでも無い台詞を残してドアを開ける。

「あ、そうだ」

と、何かを思い出したかの様に、振り返ると…


「もし君が僕に脱がされたいって言うなら、いつでも大歓迎だよ♪」


そう爆弾を落として、じゃあ、とあくまで爽やかに去って行った…。


「お…お、おぉとりぃっっ!!」

立ち上がってドアに叫んだ衝撃で、机の上の湯呑みが倒れてお茶が零れた。
それを慌てて拭きながら、怒髪天を突かんばかりの歳三さんの耳に囁く。



『大丈夫。
私を包むのは、貴方だけですから…!』


〜終〜
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